神奈川から単身岡山へ 甲子園優勝4度の門馬氏、新天地で伝えること
矢継ぎ早に、声を張り上げる。
「返事マシンになるな、『はい』はいらない」
「感情を出さなきゃ。言葉をつないで」
8月から創志学園高(岡山)の野球部を率いる門馬敬治監督(52)は、グラウンドで選手たちに声をかけ続けていた。
1999年から母校の東海大相模高(神奈川)で監督を務めた。相手の隙を逃さず果敢に次の塁を狙っていく「アグレッシブ・ベースボール」を掲げ、甲子園出場は春夏計12回。
選抜は2000年、11年、21年に3度制し、夏も15年に全国制覇を遂げた。
21年夏を最後に、健康上の理由で監督を退任し、グラウンド外から高校野球を見るようになった。
「監督をしていれば、大会がいつ始まるとか決まっていて、追いかけられる時間だった。それがなくなって、自分が時間を支配して進むべき道を進んでいくようになり、改めて時間の大切さを知った。人生で初めてだったから、何をしたらいいのかわからず不安もあった」
創志学園から打診を受け、今春に監督就任を決意した。縁もゆかりもない岡山に単身で移り住んだ。
創志学園は10年に創部し、甲子園出場は春夏すでに3回ずつ。岡山では強豪の一角だ。
練習では、準備運動から実戦感覚を養っていく。
ダッシュではスタートのタイミングの指示を出しながら、次の塁を狙う走塁への意識を植え付ける。
ノックのときは内野手の近くでプレーを見ながら指示をする。繰り返し求めるのは、状況判断のレベルアップ。
「常に先、二つ先のことまで考えろ」
「ミスしても誰も指摘しないのは弱いチームの典型だ」
次から次へと声を飛ばすだけではない。気になるプレーがあれば、すぐに選手を集めてミーティングを行う。過去に甲子園であった逆転劇などを例に出し、一球の大切さを説く。
主将の上田晴(はる)(2年)は変化を口にする。
「チーム全体のスピード感が上がった。監督が代わってから一番言われていることで、日頃の生活から考えるようになった」
取材ではこんな光景も目にした。
打撃投手を務めていた門馬監督が防球ネットのほつれを見つけた。「安全が一番。いま直そう」とそのまま練習を中断し、チーム全員でネットの点検や修復に取りかかった。
「どれだけ彼らの心にタイムリーに響く言葉を落とせるか。それも僕の仕事だと思っている」
「家族には言葉をかけるでしょう。お互いに無関心ではいけない。この野球部が家族になる一体感を生みだしたい。だから、僕が示す。選手が動かなかったら僕の言葉が足りないんだ」
今夏の甲子園を経験した捕手の竹本佑(2年)は、長沢宏行・前監督(69)を慕って創志学園に進んだという。
監督が交代することに、当初は不安を抱いていたが、門馬監督の指導を受けるなかで切り替えられた。
「コミュニケーションを非常に多くとってくれるので、違和感がなくなった。練習もみっちりやって、チームの意識が変わってきている」
取材中、グラウンドを訪れる保護者らが「ずいぶん雰囲気が変わった」と言うのを何度も耳にした。
活気があるチームの様子を見て、期待感を抱いているのだろう。
門馬監督が指導を始めてちょうど1カ月が経った9月10日。創志学園は地区予選で3連勝を果たし、秋季県大会への進出を決めた。来春の選抜大会をめざす戦いは続く。
選手は成長していますか。門馬監督に問うと、「まだ評価をする段階ではない」と返ってきた。そして続けた。
「一日ずつ積み重ねて力をつける。自分も勉強して、もっと力をつけないと」(辻健治)