刑法学者が一石を投じる死刑存廃論議 「刑罰とは何か」を問い直す時

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聞き手 編集委員・豊秀一
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 「日本の死刑存廃論議はすれ違いの、不毛ともいえる議論に終始してきた」。そう考える井田良・中央大学教授(刑法)は、膠着(こうちゃく)状態に陥ってきた議論に一石を投じようと、新たな学問的な挑戦を始めた。学術的価値のない議論を「お払い箱」にし、「刑罰とは何のためにあるのか」を根底から問い直すことで議論を前に進めるべきだと、著書「死刑制度と刑罰理論」(岩波書店)で提言している。その真意を井田さんに聞いた。

 ――最も問いたかったことは何でしょうか。

 「凶悪な犯罪者だからといって、『国のため、社会のために死んでくれ』と求めることはできないということです」

 ――どういうことでしょう。

 「刑罰の本質は、犯罪のもたらす害に対応するところにあります。犯罪のもたらす害とは、例えば、『人を殺してはならない』という社会的ルールの信頼性を傷つけることです。傷つけられた信頼性を回復するため、犯人に刑罰という苦痛を与える。社会公共の利益のために犯人に不利益を加えるもので、公益のために私益を犠牲にするものなのです」

 「その意味で、『国のために死んでくれ』と犯人に求めるのが死刑制度です。しかし、今の憲法の下では、国はそうした公益のために生命まで犠牲にすることを求めることはできないと考えます」

 ――犯罪の結果の重大さに応じて刑の重さを決めるのが刑罰ではないのですか。

 「犯罪の重さに見合った刑罰を犯人に科すことを応報刑といい、死刑制度を支えてきた伝統的な考えです。しかし、私は妥当ではないと考えています」

 ――なぜでしょうか。

 「大量の無差別殺人事件のケースを考えてみましょう。伝統的な応報刑の考え方に立つと、死刑以外を選択することは困難です。とりわけ、被害者の失われた生命のかけがえなさに思いを致すとき、死刑はなくてはならない刑罰となるはずです。しかし、刑罰とはそういうものではないはずです」

 「刑罰とは、犯罪に対し、誤った行動であると公的非難を加えることでルールの効力を回復することに意義があります。ルールが人々の行動を縛る力が失われれば、犯罪は増加し、社会の秩序は維持されません。社会的ルールの効力という公益の保護のために刑罰制度は存在しています」

 ――厳罰は縛る力を維持するために有効ではないでしょうか。

 「『目には目を』の発想ですね。そうではなく、公益の保護のために刑罰がある、と視点を変えてみようと言っているのです。公益のために人命を犠牲にすることが許されるのか、という新たな議論の地平が開けるはずです」

 ――被害者や遺族へ思いを致す、というのは大切なことではないでしょうか。

 「被害感情を放置してよいと言っているのではありません。被害者や家族・遺族に対し様々なサポートを行うことは重要な政策課題です。2000年代に入り、犯罪被害者等基本法の制定や刑事裁判への被害者参加制度など、被害者遺族へのケアやサポートは飛躍的に充足されてきました。今後も被害者遺族の感情が重罰化・厳罰化に向かわないように社会全体として努力する必要があります」

 「強調したいのは、生命のか…

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