第15回「はやて」は中国をライバルに育てたのか? 川崎重工業会長の答えは

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聞き手・吉岡桂子
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 世界一のネットワークを持つ中国の高速鉄道の技術は、日本や欧州から取り入れた技術をベースにして開発されました。日本でその主軸になったのは、川崎重工業です。中国に対しては、戦中には満鉄(南満州鉄道)が走らせた特急あじあを牽引(けんいん)した蒸気機関車パシナをはじめ、数多くの車両を輸出した歴史を持つメーカーでもあります。

 1990年代から2000年代初めにかけて、日欧で火花を散らした中国の高速鉄道をめぐる商戦をどう振り返るか。今後のビジネスは――。車両畑を歩んだ会長、金花芳則さんにききました。

金花 芳則さん

かねはな・よしのり 1954年生まれ。76年に川崎重工業に入り、車両部門のトップなどを経て16年に社長、20年から会長。

 ――中国に対して東北新幹線E2系「はやて」をベースとした車両を輸出しました。日本から中国へ高速鉄道車両が輸出された最初で最後の契約でした。

 2004年7月、中国政府が在来線の最高時速を160キロから200キロに引き上げるために実施した入札で、南車四方機車車両(現中国中車青島四方機車車両)と組んで受注しました。

 480両のうち、完成車は3編成(1編成=8両)、(主な部品などを日本から輸出して現地で組み立てる)ノックダウンが6編成、残りは現地生産です。中国の高速鉄道でCRH2型と名付けられました。

輸出ではなかったわけ

 続いて05年12月、時速3…

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