明治初期に途絶えた人形浄瑠璃 復活に創意工夫の10年 愛知・豊田

中川史
【動画】明治期に途絶えた人形浄瑠璃が復活=中川史撮影
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 150年近く途絶えていた人形浄瑠璃愛知県豊田市小田木町で復活する。地元有志でつくる「小田木人形座」は準備会発足からこの10年、人形の扱い、音曲の演奏、舞台道具などで創意工夫を重ねてきた。24日には旗揚げ公演を迎える。

 江戸中期に当時の小田木村に伝わったとされる人形浄瑠璃は全国的な飢饉(ききん)を受け、天保年間に歌舞伎などとともに興行が取り締まられる憂き目に。村では1875(明治8)年、「村中諸事緊縮の申合(もうしあわせ)」があり、途絶えた。

 同町では1752(宝暦2)年を示す「宝暦弐歳」と記された人形の頭部「かしら」が見つかるなど、村人が親しんだ往時をしのばせる資料が残っていた。

 かしら45点、衣装30点は1967年、県有形民俗文化財に指定され、現在は町が属する稲武地区の郷土資料館に展示されている。

 90年代ごろ、地域活性化に向け、「人形浄瑠璃の復活を」との声が出たが、途絶えて久しい文化を復活させる機運はなかなか盛り上がらなかった。

 人口減少に悩む中山間地として「地域課題の解決」をうたう「市わくわく事業」への参加や、2010年に始まった市文化振興財団主催「農村舞台アートプロジェクト」の実行委員会からの呼びかけなどを追い風に13年、小田木人形座準備会が発足した。

 当時の会長で現在は座長の山田良稲(よしね)さん(63)は、会報の創刊号に「ハードルは高く、ドン・キホーテと笑われそうですが、伝統の創造に向けた私たちの小さな一歩」と記した。

 素人ばかり10人ほどが、人形の動かし方や三味線、横笛、鼓などを習い、黒田人形保存会(長野県飯田市)や恵那文楽保存会(岐阜県中津川市)などに教えを請うた。「下中座」(神奈川県小田原市)の合宿にも参加。撮影した動画を繰り返し見て練習を重ねた。

 15年3月、豊田市民文化会館で演目「三番叟(さんばそう)」の一部をわずか4分間ほど披露。9月に町内にある八幡神社の農村舞台で演じた時には7分間まで時間を拡大した。16年暮れには市能楽堂で、国内外で人形芝居を演じる「西川古柳座」(東京都八王子市)の前座も務めた。

 三番叟に続く演目「壺坂霊験記(つぼさかれいげんき)」に挑戦するため、17年1月には主人公「沢市」「お里」の人形2体が仲間入りした。

 最年長の座員青木孝夫さん(68)は「最初は人形を操るのに手いっぱい」。音曲はCDで済ますところだったが、「やるなら本物でやりたいね」と欲が出てきたという。6年ほど前、「知立市義太夫会」(愛知県知立市)のメンバーにも加わった。その稽古に毎週通い、自身は三味線、妻で保育士の美代子さんは浄瑠璃を語る「太夫」を教わり、演じている。

 本番間近になり、月2回ほどだった座員の練習も毎週になった。助言、指導に愛知県東栄町から通う清水絵梨香さん(38)は「当初に比べたら、かなり良くなった」。自身は高校時代に下中座とかかわり、人形浄瑠璃を教えたり伝統芸能に関わったりしている自称「ユルめの講師」だ。

 旗揚げ公演の演目は三番叟と壺坂霊験記「内の段・山の段」。農村舞台アートプロジェクト2022の一環として催し、小田木町の八幡神社(雨天時は稲武交流館)で24日午後2~3時。入場料1千円(中学生以下無料)。問い合わせは同財団文化事業課(0565・31・8804)。(中川史)