源氏物語の世界、装いから 絹の里で企画展

角津栄一
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 平安時代の男性貴族の装束や、時代につれて変遷していく十二単(ひとえ)を紹介する企画展「平安王朝の文化 よみがえる源氏物語の世界」が、群馬県立日本絹の里(高崎市)で開かれている。源氏物語の世界を、寝殿を舞台に再現した大型模型も展示されている。

 貴族の男性が、天皇の許しを得て日常着の直衣(のうし)の姿で参内する際は、冬は白地有文、夏は若年が二藍(ふたあい)、壮年以降は縹(はなだ)色と定められていた。会場には冬と夏の直衣が展示されている。

 展示資料を提供している風俗博物館(京都市)によると、二藍とは、藍で染め、さらに紅花の紅を重ねて染めた紫系の色のことだ。染料の濃度により様々な色に仕上がる。年齢によって染め方が異なり、若いほど紅の色を濃くして、年を重ねるにつれて薄くしたという。縹色は、青みがかった色だ。

 会場には、様々な二藍の色目が紹介されている。当時の色に対する考えを示す事例として、源氏物語が紹介されている。

 「藤裏葉」の巻で、源氏は、雲居雁(くもいのかり)と婚礼をあげる18歳の息子、夕霧に華やかな二藍の直衣ではなく、あえて縹色の直衣を着せた。夕霧に年齢以上の威厳と落ち着きを持たせようとの考えがあったという。

 十二単の展示もある。奈良時代から近代にかけて、時代を経て様式が変わっていく様子がわかる。

 宮中における女性の正装である十二単は平安時代中期、10世紀後半ごろに成立したと考えられている。内側に重ねて着る袿(うちき)(衣)が20枚以上と華美になったことから、平安末期から鎌倉時代、重ね袿(うちき)を5枚までとする「五衣(いつつぎぬ)の制」が定められた。

 江戸時代後期には、京の町衆に流行した鬢(びん)を大きく張り出す、いわゆる灯籠(どうろう)鬢が宮中の様式に取り入れられ、「大すべらかし」の髪形になった。

 源氏物語の世界を再現した模型では、紫の上が亡くなる前の七夕をイメージして、源氏と紫の上が並んでいる姿を見ることができる。王朝文化を彩る料理や楽器など、平安貴族の宮廷生活も紹介している。

 展示は11月7日まで。問い合わせは、日本絹の里(027・360・6300)。(角津栄一)

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