第19回エリート中国人「天国から地獄」へ 元留学生がカメラ向けた日本社会

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聞き手・畑宗太郎
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 日本語学校から逃げ出して不法滞在となりながら、娘の学費のために15年間身を粉にして働く父親。飲食店の皿洗いを丸一日した後に、まかないのどんぶり飯をかきこむ若者。1990年代のそんな中国人留学生たちの姿を追ったドキュメンタリーシリーズ「私たちの留学生活~日本での日々~」は日中両国で放送され、大きな反響を呼びました。それから20年あまり。中国や日本の社会はどう変化してきたのか。自身も元留学生で、撮影した張麗玲さんに聞きました。

張麗玲さん

1967年、中国・浙江省生まれ。95年に東京学芸大大学院を修了。シリーズの「小さな留学生」と「泣きながら生きて」は放送文化基金賞を受賞。99年以降、日中両国でテレビ放映され、高視聴率を記録するなど反響を呼んだ。

 ――1989年に来日されました。

 中国では改革開放により、はじめて一般の人が自分の夢のために国を出られるようになった時代でした。私は当時、北京で俳優をしていて、周囲もみな外国に出ていました。「出なければ時代に淘汰(とうた)されるのではないか」と思うくらい。とにかく外の世界に出てみたかったのです。

 ――なぜ日本に。

 はじめは米国に行くつもりでしたが、「女の子には遠すぎる」と親に反対され、近くて安全な日本を選びました。ビザが出て渡航時期を考えていた89年6月に天安門事件が起き、「早くしないと出国できなくなる」と、6月に日本に来ました。

30代のエリートが鍋や米を抱えて

 ――成田空港に着いたときの体験がドキュメンタリー撮影のきっかけになったそうですね。

 あのときのことは忘れられません。

 空港の到着ロビーでは、20…

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