国葬と岸田首相 地味にこわい「剣が峰でフォークダンス」

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編集委員 高橋純子
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記者コラム「多事奏論」 高橋純子

 国葬が行われた。菅義偉前首相の訥々(とつとつ)とした追悼の辞には胸を打つものがあった。同僚、友人として故人をしのぶ気持ちはそれぞれ尊い。だからこそ、国葬ではなく、内閣・自民党合同葬など違うかたちでやるべきだったと心から思う。この国の立憲主義を深く傷つけた安全保障法制をはじめ、功罪両面あるものもすべて「功績」として一方的にたたえられるのを、全額国費で整えられた荘厳な場で聞かされるのは耐えがたい。悼めない人、悼みたくない人までいやが応でも巻き込む国葬はやはり、やるべきでなかった。

 自民党の二階俊博元幹事長は岸田文雄内閣の支持率下落を受けて「安全運転だけではダメだ」と注文をつけたそうだけれど、はて、岸田首相はそもそも「安全運転」だっただろうか? 違うな。

 確かにスピードはまったく出…

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    長野智子
    (キャスター・ジャーナリスト)
    2022年9月29日10時56分 投稿
    【視点】

    「国葬」をめぐり様々な議論や記事が報じられる中で、高橋純子記者のこのコラムは出色。分断、論争、支持・不支持を留保する中間層もただうんざりするしかない今回の「国葬」は、結果的に名ばかりで実態のともなわないものとなり、そもそも故人に失礼だと官邸