船は継体大王のシンボル? 今城塚古墳の埴輪が伝える港の風景

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編集委員・中村俊介
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 大阪北部、三島の地に造営された巨大前方後円墳今城塚古墳大阪府高槻市)は、6世紀前半に君臨した継体天皇の真の墓といわれる。墳丘に並んだ多くの円筒埴輪(はにわ)には、一様に奇妙な絵が描かれていた。

 三日月を寝かせたような弧の上に柱が2本。右端からは、やはり2本の線が下に垂れている。描かれた場所は、埴輪をめぐる一番上の「たが」の上だ。

 これ以上ないほどシンプルにデフォルメされているが、確かに船の表現に違いない。今城塚古代歴史館で特別館長を務めた高槻市文化財アドバイザーの森田克行さんがみるところ、天にそびえる2本の棒はマスト、右下へ延びる2本はいかりの綱。してみると、図像直下のたがは、船が浮かぶ水面に見立ててもよいだろうか。

 「帆はないから停泊している船でしょう。継体大王を顕彰する象徴として採用されたのでは」

 船は装飾古墳や絵画土器のモチーフとしてしばしば登場し、死者の魂をあの世に送る乗り物と考えられてきた。けれど停泊中の絵なら、実際の光景を描いた可能性がある。

 そこで森田さんは、こう考え…

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