「時代も、運もよかった」 稲垣吾郎さんが語る35年の芸能生活

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聞き手・長谷川陽子
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 この仕事を始めたのは中学生のころです。二つ上の姉が光GENJIのファンで、自分の弟にもそういう世界に入ってほしいと事務所に履歴書を送ったのがきっかけでした。学校は好きじゃなかったし、あまり友達もいなくて、部活にも入っていなかったから、親は何かやらせたいと思っていたんでしょうね。普通のサラリーマン家庭でしたが、特に反対されませんでした。内向的で協調性がない息子に、少しは社会性が身につくと思ったんじゃないでしょうか。

 僕自身も、芸能界への憧れがないわけではなかったんです。テレビに出て、歌って踊ってみたいと思っていたわけじゃないけど、まだ自分が知らない、等身大ではない世界への憧れがあった。吸い寄せられるように芸能の道に入った気がします。俳優の後藤久美子さんが同学年で、国民的美少女って言われて子供のころから大スターだったんだよね。それを見て、すごく刺激を受けた記憶はあります。

 この仕事でやっていけるかもと思えたのは、1989年放送のNHKの朝の連続ドラマでオーディションに受かったときかな。何十人の中から大抜擢(ばってき)されて、ちょっと自信がついたんです。思えば、体育祭とか修学旅行とかはいやだったけど、学芸会で役をもらったときは、すごく楽しかったんですよね。それが今につながっているのかな。

 トップアイドルになれたのは、グループだったということと、それに時代もよかった。テレビに力があって、うまく流れに乗って。運がよかったんです。それだけだよ。

「今でも僕はメンバーのおかげだと思っている」と話す稲垣吾郎さん。記事の後半では、グループで活動していた頃を振り返ります。

 それに、グループのメンバー…

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