奇抜な発想と行動力、時代先取った猪木さん プロレス愛し続けた人生

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元朝日新聞記者・近藤幸夫
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 キャッチフレーズ「燃える闘魂」で知られるアントニオ猪木さんは、華のあるプロレスラーだった。昭和の時代、子どもたちは猪木さんの得意技「コブラツイスト」や「卍(まんじ)固め」を掛け合い、プロレスごっこに熱中したものだ。

 力道山さんから始まった日本のプロレスを、次の世代の猪木さんが光り輝かせたと言っていい。その背景には、ジャイアント馬場さんという永遠のライバルがいた。

 猪木と馬場。2人は同期で、ブラジル移民と元プロ野球巨人投手という対照的な立場にあった。入門翌年に海外修行に出るエリート教育を受けた馬場さんに対し、力道山さんの付き人だった猪木さんは雑草教育。「馬場へのねたみが猪木の原動力」と言われたが、本人は「入門時、5歳上の馬場さんは大人であり、おれは子ども。そんなライバル心はなかった。世間やマスコミがストーリーをつくり上げただけ」と笑顔で否定した。

 奇抜なアイデアと行動力。時代を先取りしすぎたレスラーだった。1976年にボクシングの現役世界王者、モハメド・アリさんとの一戦を実現させた。「『プロレスは八百長』という世間の偏見を覆したかった。そのために格闘技の頂点に君臨するアリと戦うことに意義があった」。団体のトップに立っても5~10キロのランニングなど過酷な練習を欠かさず、試合に備えた。

■「命のやりとりまでしたのは…

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