あの感動を日本にも 批判を消した挑戦、「10年続けば」が20年に

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藤野隆晃
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 9月中旬、東京ディズニーリゾートにほど近い千葉県浦安市の体育館に、大きな音が響いていた。ボールを床につく音、ブレーキをかけた時に鳴るキュッという高い音――。

 今年で20回の節目を迎えた、全国車いすバスケットボール大学選手権が開かれていた。全国から5チーム、約50人の選手が集まった。コロナ禍で大会が延期された2020年を除き、02年から毎年開かれている。

 最大の特徴は、選手に障害があっても、なくても参加できることだ。今大会は、大半の選手が健常者だった。

 昨夏の東京オリンピック(五輪)・パラリンピックをきっかけに広がった「共生社会」「多様性」。そのきっかけを作るような大会を、20年以上前から続けてきた。

 大会創設の中心メンバーのひとりが伊吹祐輔さん(42)だ。生後9カ月の時に受けた手術の影響で、下半身不随の障害がある。高校時代に車いすバスケと出会った。

 高校生の時に留学した米国には、パラスポーツ選手の奨学金制度があったという。2000年のシドニー・パラリンピックで車いすバスケを観戦したときには、満員の観客の熱に感動した。

 「日本でも同じような環境を作るには、まずは興味がある人を増やす必要がある」

 進学した関西学院大の中で障害がない友人に声をかけ、大学3年生の時に車いすバスケのチームを作った。

 「どうせやるなら試合をして同年代の日本一を決めたい」

 そんな声がチームメートから上がった。ネットの掲示板を通じて広島や埼玉の大学生に声をかけて始めたのが、この選手権だ。

 ただ、最初の頃は批判の声も…

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