「苦手かも」「なんだかなぁ」 否定語に逃げ道を求める社会の空気感

有料記事

[PR]

言葉季評 歌人 穂村弘さん

 自分の言葉遣いがいつの間にか変化している、と気づくことがある。例えば、飲食店で食べたものに対して、昭和の時代なら「おいしくない」とか「まずい」と言ったところを、この頃では「ちょっと苦手かも」と言っている。

 気の合わない人に対しても、昔なら「いやなやつ」とか「きらい」と言ったけど、この頃ではやはり「ちょっと苦手かも」だ。

 これって、いったいなんなんだろう。「おいしくない」「まずい」「いやなやつ」「きらい」と言ってしまうと、対象を完全に否定することになる。でも、「苦手」ならそうはならない、という気持ちの表れかもしれない。

 「自分は好きではないけど、人それぞれだから気に入る人もいるかもね」というニュアンスが生じて、一種の逃げ道ができるのだ。

 その逃げ道を強化するために…

この記事は有料記事です。残り1682文字有料会員になると続きをお読みいただけます。
今すぐ登録(1カ月間無料)ログインする

※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません。