ドナルド・キーンさんの庵 研究没頭、往年しのぶ見学会

滝沢隆史
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 日本文学研究者で文化勲章受章者のドナルド・キーンさん(1922~2019)が半世紀以上にわたって夏を過ごし、亡くなる直前まで研究に没頭した軽井沢山荘(長野県軽井沢町)。松尾芭蕉に憧れたキーンさんが「庵(いおり)」と呼んだ小さな山荘を訪れると、そこには往年の仕事ぶりや生活をしのばせる純和風の空間が広がっていた。

 キーンさんの生誕100年展を開いている同町の軽井沢高原文庫が、9月下旬に見学会を企画した。キーンさんの養子で、浄瑠璃三味線奏者のキーン誠己(せいき)さんが案内した。山荘の内部が一般に公開されたことは、ほとんどなかったという。

 キーンさんが、研究の地に選んだ軽井沢に山荘を構えたのは1965年のことだ。64年の夏、大工に「和風にしてほしい」と注文し、米・ニューヨークへ帰国。翌年の6月に日本に戻ると、完成した山荘を見て喜んだ。「期待したよりはるかにきれいで、釘を一切使っていない。驚いたことに、費用は見積もりよりも安かった」と晩年の著書で振り返っている。

 山荘は別荘地の急斜面に建てられ、広さはわずか10坪ほど。部屋は研究に打ち込んだ書斎と、寝室や食事スペースを兼ねた和室だけだった。和室には床の間が設けられ、キーンさんの趣味だった掛け軸や陶器が飾られた。2016年に3坪ほど増築して応接間をしつらえ、友人や取材の新聞記者、編集者らが多数訪れた。

 キーンさんが最後に山荘に滞在したのは、96歳で亡くなる直前の17年の夏。その間、吉田兼好の随筆「徒然草」や三島由紀夫の戯曲「サド侯爵夫人」の翻訳、石川啄木の評伝などの執筆に精力的に取り組んだ。誠己さんによると、晩年までステーキや刺し身、みそ汁が大好物で、自ら台所に立ってステーキを焼き、ワインをよく飲んだという。

 キーンさんがニューヨークに構えた自宅はハドソン川に面し、東京の自宅マンションは眼下に旧古河庭園を望んだ。軽井沢山荘でも書斎から眺める森の景色がお気に入りだった。誠己さんは「『周りに緑か水があると勉強(研究)がしやすく、落ち着く』とよく話していた」と振り返った。

 キーンさんが山荘で使った書斎の机や、愛用のタイプライターなどを展示した「生誕100年展」は、軽井沢高原文庫で10月10日まで開かれている。(滝沢隆史)

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