移民が多数派になった社会に必要なもの 米学者が示す生き残りの道

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聞き手・大島隆
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 外国からやってきた人が住民の多数になりつつあるコミュニティーは、日本にもすでにいくつも存在する。そこでは、「私たち」と「彼ら」を分ける意識が生まれる一方、共に生きる道を探る動きもみられる。米国の白人労働者層や、移民が多数派になった国々の調査で知られる米政治学者に、「私たち」の再定義について聞いた。

Justin Gest 1981年生まれ。ジョージ・メイソン大准教授。著書に「Majority Minority」「新たなマイノリティの誕生」など。

 ――新著「Majority Minority」では、少数派である移民が多数派になった国や地域を調査していますね。私は外国人住民が半分以上の埼玉県川口市の芝園団地に住んでいるのですが、ナショナル・アイデンティティーの再定義について論じていることに関心を持ちました。

 「私が調査した国や地域(シンガポール、トリニダード・トバゴ、バーレーン、モーリシャス、米ハワイ、米ニューヨーク)は、いずれの社会も最終的にはバックラッシュ(反動)を経験しました。移民が増えると人々は不安になり、人口動態の変化を心配するようになったのです。こうした経験をした国々では、多様化する社会における国や国民の定義とは何か、『ナショナル・アイデンティティー』をどのように新たにつくり出すかという問いが生まれます」

 「その結果、移民が入ることのできない排他的なアイデンティティーを選択した社会もありました。また、誰もがアクセスできる、非常にインクルーシブ(包摂的)なアイデンティティーを選択した社会もありました。つまり、ナショナル・アイデンティティーを何らかの形で調整し、より包摂的なものにするのかしないのか、という選択です」

マジョリティー・マイノリティーの悲しいパラドックス

 ――芝園団地では、日本人住民と外国人住民が別々に暮らしてきました。「私たち芝園団地の住民」という統合されたアイデンティティーを持てるかどうかが、団地の将来を大きく左右すると私も思ってきました。ただ、これはコミュニティーレベルの話です。近代の国民国家の多くが民族的アイデンティティーと結びついて成立した歴史があるなかで、ナショナル・アイデンティティーを再定義することができるのでしょうか?

 「ある国にとっては、他の国よりも難しいことでしょう。例えば米国は250年の歴史の中で、一貫して移民を受け入れてきた国です。100以上の言語、民族の人々が存在するという点で、米国には大きな利点があります。一方で、日本のように自らの意志ではなく、必然的に人口動態の変化の海に足を踏み入れている国にとっては、状況が異なります。ただ、比較対象にならないということではなく、他国の事例から教訓を引き出すことはできます」

 「(少数派が多数派になる)マジョリティー・マイノリティーの悲しいパラドックスは、人々が反応したときにはもう手遅れだということです。(移民受け入れが今後本格化するであろう)日本のような社会は、移民や人口動態の変化がもたらす結果を、あらかじめ見極めてからこのプロセスに臨むことができます。変化の極めて早い時期に、政治的な問題を防ぐか、少なくとも軽減するために行動できるという利点があります」

 ――では、日本はうまく対応できているのでしょうか。

 「異なる民族や宗教、人種的な背景を持つ人々を受け入れることを人々に理解してもらうためには、それが国家の持続性のためだと正当化する理由が必要だと思います。ところが、日本や韓国のような国々がしていることは、外国人に『一時的な労働者』というレッテルを貼ることです。つまり、『国民の皆さんはよく思わないかもしれませんが、彼らは長く日本に住むわけではないので心配しないで下さい』というものです。私は二つの理由から、これは有害だと考えています。一つには、外国人労働者のなかには在留期間を更新すれば無期限に住める人々もいるので、『一時的』という説明は正直ではありません」

 「もう一つの問題点は、国家…

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