本人も覚えていない病歴や治療記録 日本も医療データーベース整備を
因果関係を問わず、ワクチンや薬を使用した後に起きた何か良くない現象は有害事象です。厳密な臨床試験では有害事象は漏れなく数え上げられますが、市販後は有害事象の報告は自発的に行われますので、報告されたりされなかったりします。
前回は、自発的な有害事象の報告数がメディアの報道の影響を受けるというお話をしました。薬やワクチンに副作用があるかもしれないという報道が、人々や医療者の関心を招き、有害事象の報告数が増え、さらにそれが報道されます。他にも、新薬の登場直後は有害事象報告が多いという現象もよく知られています。医療者が使用経験を積んでくると報告数は減っていきます。
一定のバイアスがあることを理解し、「こんなに有害事象報告が多いのだから副作用があるに決まっている」という誤謬(ごびゅう)に陥らなければ、自発的な有害事象報告は薬やワクチンの安全性についての情報を迅速に集めるのに有用なシステムです。
国によっては、自発的報告とは別のシステムを併用しています。国民全員にマイナンバーのような識別番号を振り、過去にどのようなワクチンや治療を受けたかを記録する大規模なデータベースを構築します。個人個人にとってもワクチン接種歴や既往歴を正確に覚えておかなくてもよいという利点がありますが、医薬品と疾患の関係を疫学的に検出するのにも役立ちます。
データベースを参照することで、数万人とか数十万人とかの規模で、ワクチンを接種した人が、接種していない人と比べて、特定の疾患で病院を受診した数が多いかどうか比較、検証できます。ワクチン接種から時間が経った有害事象は自発的な報告だと把握されづらいですが、国全体の医療データベースに基づく方法だと病院を受診し病名が付きさえすれば検出可能です。
日本ではまだ一元的な医療データベースはありません。新型コロナと医師が診断すると「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理システム」に諸情報を入力するのですが、これがなんとかならないものかと常々思っておりました。症状や診断日時を入力するのは仕方ありませんが、いつどのワクチンを何回接種したかのワクチン接種歴の入力も必要だったのです(現在は一部簡略化されています)。
まず、患者さんがワクチンを接種した年月日やワクチンの種類を正確に覚えているとは限りません。覚えていたとしても、流行期の忙しいときに細かい情報を入力する手間は馬鹿になりません。そもそも「ワクチン接種記録システム」としてワクチン接種歴の正確な情報を行政は持っているはずなのです。一元的な管理ができていないのです。マイナンバーを入力すれば自動的に正確なワクチン接種歴がひもづけられるようにならないものでしょうか。
一元的な管理ができていれば、たとえば、新型コロナワクチンを2回以上接種した人が、まったく接種していない人と比べて、新型コロナと診断・死亡した割合、肺炎と診断・死亡した割合、そのほか心筋炎、がん、自己免疫性疾患などなど、さまざまな疾患が多いか少ないかを比較的容易に大規模に検証できます。ワクチンを受ける人と受けない人はワクチン接種以外のさまざまな要因も異なるので単純な比較はできませんが、それでも自発報告では得られない情報を得ることができます。
ワクチン接種歴や既往歴といった医療情報は個人情報です。疫学的に役に立つからといって無条件に利用してはいけません。特定の疾患の患者さんを差別するなど悪用される危険性をはらんでいます。それでも、悪用や情報漏洩には厳罰を科すとか、疫学研究に利用するときには個人がわからないように匿名化を義務付けるとか、十分な対策を行った上での利用を検討すべきときが来ていると考えます。(酒井健司)
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- 酒井健司(さかい・けんじ)内科医
- 1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。