米中対立やウクライナ戦争などで国際秩序が揺らぐ中、岸田文雄首相は「ウクライナは明日の東アジアかもしれない」として、「防衛力の抜本的強化」を軸に国家安全保障戦略(NSS)を改定しようとしている。
「国益を長期的視点から見定め、国際社会で進むべき針路」とされるNSSと、国民主権・平和主義・基本的人権の尊重を掲げる憲法との関係はどう考えるべきなのか。石田淳・東京大学教授(国際政治)に聞いた。
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岸田政権は年内に外交・防衛政策の基本方針「国家安全保障戦略」など三つの文書を改定します。今回の改定は日本の安全保障の大転換になるかもしれません。改定に関わる関係者、有識者に様々な視点から聞きました。
――いまの国際情勢をどう見ますか。
「歴史的に言えば、第2次大戦後の冷戦で朝鮮戦争が持った意味と同様に、ウクライナ戦争が分水嶺(ぶんすいれい)となるでしょう。戦争が起きた地域以外でも軍拡が起きる。中国が参戦した朝鮮戦争は、ソ連を盟主とする東側陣営への警戒感を欧州で高め、NATO(北大西洋条約機構)諸国が軍備を強化した。ロシアのウクライナ侵略もアジアで軍拡を招きかねません」
「ミサイル防衛(MD)システムと軍拡の問題もあります。互いにMDという盾を持たず、矛の使用、すなわち攻撃を互いに控えたのが米ソの相互抑止でしたが、今世紀に入り、米国が抑止の利かない『ならず者国家』の攻撃を防ごうとMDを持ち、日本も同調しました。そのMDによって軍事力を無力化されまいと、中国やロシア、北朝鮮がミサイル開発を進めています」
――そんな中で、9年前に初めてできた日本のNSSが年末に改定されようとしています。
「世界的な軍拡の動きへの対応は必須ですが、だから日本も軍拡をという姿勢だけでは疑問です。各国が共存する国際社会において、中ロの一方的な現状変更は批判すべきですが、権力のみならず権限を持つ大国間の協調が秩序の維持には必要です。中ロと日米が軍拡競争を続ければ、国連安全保障理事会や、北朝鮮の核問題をめぐる6者協議のような枠組みは機能しません」
――ただ、岸田内閣はNSS改定に向け防衛力強化を強調し、MDでは限界があるとして敵基地攻撃能力の保有を検討しています。
「政府は戦後の抑制的な防衛政策の指針として『専守防衛』を掲げ、『憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略』で防衛力の保持も行使も必要最小限と説明してきました。しかし、密接な関係国への攻撃に対処する集団的自衛権の行使を認めた2014年の閣議決定や今回の防衛力強化でターニングポイントを迎えています」
「ところが、今のNSSにある『平和国家』や『専守防衛』という言葉は改定後も残りそうです。非常に問題なのは、日本の姿勢を世界に示すNSSで、そうした憲法に関わる言葉がお題目になり、内実の変更をどう取り繕うかだけが政権の腕の見せどころという感じになっている。しかもそれが誰の目にも明らかで、果たして戦略と言えるのかということです」
――憲法がお題目になっている問題点とは、具体的には。
「日本への攻撃に対する個別…
- 【解説】
書きました。NSSというのは国家安全保障戦略のことで、岸田内閣が年末に9年ぶりに改定しようとしています。そのNSSと憲法の関係を考えるインタビューです。 石田先生の「憲法を守ることで国家や国民を守る」という言葉がずしりときます。こうした

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