横浜の華僑が翻弄された国交50年 分裂や国籍問題など大学でシンポ

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佐藤善一
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 50年前の日中国交正常化。このとき、横浜中華街で暮らす華僑華人は、「台湾系」と「大陸系」が対立し、国籍をどうするか選択を迫られるなど、翻弄(ほんろう)させられた。国交正常化50周年を記念したシンポジウムが10月下旬に、横浜市西区神奈川大学みなとみらいキャンパスで開かれ、登壇者がそれぞれの体験を語った。

 日本華僑華人学会と神奈川大中国語学科が共催した「華僑華人から見た日中国交正常化50周年~あの時、華僑の選択は」。学会の伊藤泉美会長は「横浜中華街に暮らす華僑華人の視点から国交50周年の歴史を振り返るのが、今回の狙い」と説明する。

 国交正常化より20年前の1952年、当時の横浜中華学校が大陸系と台湾系に分裂した、「学校事件」があった。

 大陸系の横浜山手中華学校元教員の符順和さんは当時小学2年生だった。「仲良くしていたのに別々の学校に分かれさせられた。自分を含めて学校から出された600人は一般の家庭の空いた部屋を借りて勉強した」

 分裂は尾を引いた。中華会館事務局長の関広佳さんは台湾系華僑について、「72年9月29日深夜、『学校事件』当時の校長だった王慶仁さんがバットやこん棒で青年たちに殴られて重傷を負った。この事件で華僑の間にパニックが起こった」と報告した。

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