スクモ塚古墳、島根県内最大の前方後円墳と判明 有力豪族、存在か

北村哲朗
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 島根県益田市久城町の国史跡・スクモ塚古墳が、墳丘長が少なくとも96メートルある前方後円墳であることが確認された。松江市の山代二子塚(やましろふたごづか)古墳(墳丘長約94メートル)を上回り、県内最大の古墳とわかった。益田市教育委員会が発表した。

 スクモ塚古墳は、益田平野の東側に広がる丘陵地にある。国史跡に指定された1941年当時は、造り出し(突出部)のある円墳とみられたが、その後、県教委の測量調査で、100メートル規模の前方後円墳である可能性が指摘され、墳形の解明が待たれていた。

 市教委は国や県などの指導を受けながら2016年度から発掘調査を進めた。もともとの山を前方後円形に削り出したうえで一体的に盛り土で造成されていたことなどから、前方後円墳と結論づけた。後円部は直径約56メートル、前方部は長さ約40メートルあった。

 築造時期はこれまで5世紀前半とみられてきたが、時代が少しさかのぼることが判明。周囲に巡らされた円筒埴輪(はにわ)の特徴から4世紀後半の古墳とわかった。

 県内の古墳では、前方後方墳の山代二子塚古墳のほか、前方後円墳の今市大念寺古墳(出雲市)が約92メートル。今回の調査で、スクモ塚古墳の方が規模がやや大きいことが確認され、県内最大とわかった。埴輪や葺石(ふきいし)を備えた大規模な古墳で、山陰地方でも有数の豪族が益田にいたとみられるという。

 10月28日の記者発表には、発掘調査を指導してきた専門家も同席。島根大法文学部の岩本崇・准教授(考古学)は「古墳の規模や位置から考えると、海上交通を強く意識して築造されたようだ」と述べ、奈良文化財研究所の廣瀬覚・都城発掘調査部(飛鳥・藤原地区)考古第一研究室長は「近畿地方の古墳に導入されていた埴輪の技術などがスクモ塚古墳でもみられ、ヤマト政権との深いつながりがうかがえる」と話した。(北村哲朗)