生きるため結婚…つないだ命 戦後の日中を生きた祖母、語り継ぐ3世

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編集委員・大久保真紀
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 77年前の敗戦前後の混乱のなかで中国に取り残され、生きるため現地で結婚した日本人女性たち。そんな残留婦人のことを多くの人に知ってもらおうと、戦後生まれの3世が、祖母の残した手記や手紙をもとにその半生をたどり、語り伝えている。

 巻口清美さん(56)の祖母シズさんは1912年、新潟県柏崎市の貧しい家庭に生まれた。12歳の頃から繊維工場で働き、21歳で結婚。和装小物の卸販売をしていた夫、3男2女とともに42年、満蒙開拓団として中国東北部旧満州)に渡った。慣れない農村暮らしでまもなく三男を亡くしたが、新たに2人の男の子をもうけた。

 敗戦間近の45年8月6日に夫が応召し、同9日には旧ソ連軍が参戦。開拓団からの避難命令を受け、日本の敗戦も知らぬまま、6人の子を連れてほかの団員と逃げた。

 避難所で下の2人の子が亡くなった。飢えや寒さのなか、5~10歳の子4人を抱え、生きるために、貧しい季節労働者だった中国人男性と結婚した。

恩人の夫と子2人を捨てては帰れない

 53年、日本への集団引き揚げがあった。18歳になっていた長男が「みんなで日本に帰ろう」と訴えたが、中国人の夫との間にすでに2人の子がいたシズさんは中国に残ることを決める。

 《私の心はくるいそうです…

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