納豆、塩辛も口にした「サッカーの父」 ドイツから学んだ日本代表

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藤木健 照屋健
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 戦後の日本サッカー界は、ドイツをお手本としてきた。芝生のピッチが集う施設、リーグ戦の創設、ドイツ人指導者との交流……。ワールドカップ(W杯)優勝4回の欧州の強豪から学び、約60年。23日のカタール大会初戦で、日本はW杯で初めて、ドイツと対戦する。

 ドイツ北西部・デュイスブルクに、日本サッカーの原点ともいえる場所がある。スポーツシューレ・ベダウ。約200ヘクタールの広大な敷地内には何面もの練習グラウンドに、宿泊棟や会議室、食堂やカフェが併設されている。

 今から約60年前。東京五輪を控えた日本代表は1960年のローマ五輪予選に向けた欧州遠征でその地を訪れた。「日本ではお目にかかれない施設に、みんなが驚いていた」。二宮寛さん(85)はふりかえる。

 当時の日本は土のグラウンドが当たり前。代表合宿も渋谷の旅館を借りて行う時代だった。

 ドイツ語で「学校」を意味す…

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