石田三成の愛馬のたたりを鎮めるため? お堂建立の言い伝えは本当か

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西田有里
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 野村萬斎さんの主演で映画化もされたベストセラー小説「のぼうの城」(和田竜著)の舞台にもなった忍(おし)城(埼玉県行田市)。1590(天正18)年、天下統一をめざす豊臣秀吉の命を受けた石田三成が水攻めを行った。

 三成は、病にかかった愛馬を村民に預け、金を渡して治療を命じた。

 だが、忍城主・成田氏の領民である村民にとって、三成は敵将。回復が見込めない馬を殺し、そのまま金を奪ったという。

 しかし、村民たちはその後たたりにあい、馬の霊を鎮めるためにお堂を建てた――。

 こんな言い伝えが「円通寺観音堂」(埼玉県鴻巣市)にある。江戸時代の地誌「新編武蔵風土記稿」にも、記述が残っている。

 普段は施錠されて中に入れないが、訪れてみると、確かに頭上に馬の頭をのせた「馬頭観世音菩薩(ぼさつ)座像」が安置されていた。

分からなかった建立時期 調査へ

 ただ本当のところ、いつ建てられたのか分からなかった。建立時期を突き止めるべく、昨年、調査チームが動き出した。

 調査を依頼したのは、2001年に住職になった長沢知恩さんだ。

 長沢住職もやはり建立時期を知らなかった。「後世に残していくためにも、いつ建ったのか知りたい」。昨春、知り合いだったものつくり大(埼玉県行田市)の横山晋一教授に調査を依頼した。

 歴史的建造物の専門家の横山教授が、まず手がかりにしたのは「棟札」だ。建てた年月日や大工の名前などを後世に伝えるために示した札で、平成の改修に携わった市内の棟梁(とうりょう)から以前、「屋根裏に打ちつけてある」と聞いたことがあった。

 調査が始まった昨年6月、横山研究室の学生たちが早速、屋根裏に入った。

 屋根のてっぺんあたりまで進んでいくと、天井に釘で打ちつけられた札がやはりあった。「慶長年中に馬頭観世音を迎えて奉った」。こんな内容が記されていた。

 だが、肝心の建立年は全く記載がない。後に続く項目には改築や修繕の時期と棟梁の名前があるにもかかわらず、だ。

 今度は建物の調査に移ることにした。

 観音堂に足場を組み、昨年夏ごろから半年ほどかけて建物の木材の組み合わせ方や装飾を調べた。

 改築時期や以前の屋根の様子を裏付ける証拠など、様々なことが分かったが、建造時期にたどり着くヒントがない。

思わぬところにヒント 見覚えのある城

 堂内をくまなく見ていると、研究室のメンバーがあることに気が付いた。

 柱の上に乗った横板材の上に…

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