第2回「日本は稼げない」逃げ出す人材 黒田日銀10年、行き着いた超円安
「はーい、ご飯ですよ。口を開けてください」
千葉県君津市の特別養護老人ホーム「夢の郷」で10月下旬、やわらかくしたご飯をスプーンで入居者の男性の口に運んでいたのは、ベトナム人のダン・ティ・キム・ガンさん(21)だ。
入居者ら約100人の高齢者を約100人のスタッフでみているが、うち24人は技能実習や特定技能の制度を使って来日したベトナム人やフィリピン人だ。
入居者と接する時は笑顔を絶やさないガンさんだが、食事を片付ける時の表情には疲れがにじんでいた。日本で働いて2年になるガンさんは「日本で稼げると思ってきたけど、帰りたい気持ちもある」という。
大きいのは円安だ。円は10月、ベトナム通貨ドンに対して今年初めより2割ほど下落した。
ガンさんは月給の半分の約10万円を実家に仕送りしてきた。今年初めでは、現地の平均的な月給の約2カ月分にあたる2千万ドン相当になったが、10月に同じ額のドンを送るには12万円ほど必要に。ただ、今は物価高で食費などがかさみ、仕送り額は逆に減らしている状況という。
先進国を中心に高齢化が進む中、介護人材をめぐる各国の争奪戦が激しくなっているところに、円安が日本の労働市場の地位を下げている格好だ。天笠寛施設長は「以前は募集人数の3倍の応募があったが、今は集まっても募集人数と同じくらい。日本で働く魅力がなくなってきていると感じる」と語る。
厚生労働省の推計では、2040年度には介護職員が約280万人必要となり、19年度時点と比べると約69万人不足する。深刻な担い手不足が懸念され、海外人材が必要とされているのは、介護産業だけではない。パーソル総合研究所の調査(18年)では30年にサービスで400万人、卸売り・小売りで60万人、製造業で38万人の人手不足に陥るとされる。
背景となる円安を促してきたのが、日本銀行が黒田東彦総裁のもとで13年春から行ってきた大規模な金融緩和だ。
市場に大量に円を流す緩和で、12年末の1ドル=85円前後から15年には120円台まで下落した。だが、今年は円安に歯止めがきかなくなり、10月に32年ぶりとなる151円台まで下げた。
円はドル以外に対しても下落し、約60の国や地域と比較した通貨の総合的な購買力を示す「実質実効為替レート」(10年=100)でみると、円は、大胆な金融政策を掲げた第2次安倍政権が発足した12年12月の92・92から、今年10月に56・81まで下がり、1970年以降で最低の水準になった。低いほど、円を使って海外でモノを買う際は割高感が増す。
海外で働く…時給は2倍以上
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賃金が十分に上がらない中、足元の急激な円安で海外の賃金は円換算にするとより上がり、海外で働くことがより魅力的に映っている。
「そんなに給料をもらえるな…
- 【視点】
「稼げない日本」の実情は、一歩外に出ればよくわかる。コロナの入国規制が緩和されたアジアの様子を見ようと11月中旬に台北、先週はソウルを訪問した。それぞれ3年ぶり、ほんの2日ほどの滞在だったが、明らかな、日本の経済力の相対的な低下・低迷を痛感