「首相が撃たれた日に」のイスラエル人作家が語る「大きな物語」の罠
イスラエルの作家ウズィ・ヴァイルさんの作品集が10月、初めて日本で出版されました。表題作「首相が撃たれた日に」が発表されたのは1991年。イスラエルでは4年後、パレスチナとの和平を進めたラビン首相がユダヤ教過激派の青年に暗殺されました。くしくも日本でも今年、安倍晋三元首相が銃撃され、死亡する事件がありました。ヴァイルさんは政治や歴史の「大きな物語」に取り込まれずに、自分自身であり続けることの大切さを説きます。
ウズィ・ヴァイル 1964年、イスラエル生まれ。脚本家としてテレビドラマを中心に活躍。1991年に「首相が撃たれた日に」で作家デビュー。新聞の風刺コラムのほか、アメリカ詩の翻訳も手がける。
「イスラエルでは、政治から逃れることはできない」
“表題作「首相が撃たれた日に」は、社会の片隅でさまよう青年が主人公。こんな一節から始まる。「首相が撃たれた日、ぼくは泊まる場所を探していて、事件をまったく知らなかった」。2日後に友人の「ダニー」が事件について教えてくれる。だが、「ぼくが自分の話をすると、ダニーは、そっちの話の方がずっと大事だと言った」”
――「首相が撃たれた日」という設定にしたのはどうしてですか。
「あるとき、当時の首相が住民たちと握手をして回っている場面に遭遇しました。私はふと、『彼を撃てるんじゃないか』と思ったのです。でも、なぜそんなことをするのか、彼のことなんてどうでもいいのに、と。その感覚が、物語の着想となっています」
「イスラエルでは、政治から逃れることはできません。兵役があり、戦争は身近。道ばたで知らない人に、『お前は誰を支持しているんだ』と議論をふっかけられることもある。最近はSNSで常にニュースや意見が飛び交っています」
「政治という『大きな物語』に取り込まれることなく、自分自身であり続けるために、『小さな物語』にこだわってきました。とはいえ、実際に首相が撃たれるとは想像もしていませんでした。この短編も当時相当話題になりましたが、事件を予言していたわけではありません」
――日本でも7月、安倍元首相が撃たれて亡くなりました。
「とてもショックでした。ただ、私にはよく分からないことも多く、何かを語る立場にはありません」
「日本の文学や宗教には若い頃から親しんできました。今回の作品集に取り上げられていますが、良寛(江戸後期の禅僧)と道元(曹洞宗の開祖)について書いたこともあります。この時期に日本で作品集が出版されたことに、不思議な縁を感じます」
記事の後半では、ヴァイルさんが考える自身の役割を語るとともに、小説家の平野啓一郎さんがヴァイル作品の魅力を語ります。
「『大きな物語』にとらわれると、異論が耳に入らなくなってしまう」
“作品集に収録された「もうひとつのラブストーリー」は、ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)の記憶が失われつつあることを危惧した首相が、イスラエル建国100年の式典に合わせ、ヒトラーとアンネ・フランクのロボットをつくるが、2体が駆け落ちをしてしまうという物語だ”
――発表当時の反応はどうでしたか。
「怒る人は多かったですが…