第3回梨泰院に11年住んだ日本人 事故後に気づいた「欠けていたもの」

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ソウル=河野光汰
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 雑踏事故の現場となった坂道は、ソウルの地下鉄梨泰院(イテウォン)駅1番出口のすぐそばにある。11月11日の夕暮れ、現場を訪れた片岡寛晴さん(39)は、花束とメッセージカードで埋め尽くされた路上に向かって静かに手を合わせた。

 手は震えていた。この時間、ソウル市内の気温は12度ほど。寒さが原因ではない。「この街にいたころの僕くらいの若者がここで亡くなった。自然と手が震えてくるんです」

 大阪府東大阪市の出身。2007年から約11年間、梨泰院で暮らした。在韓18年目に入り、ソウル市内の会社で管理職を務める。現在は梨泰院で出会い、結婚した韓国人の妻の実家があるソウル近郊の水原(スウォン)で暮らす。

 米軍人や外国人が集まる歓楽街として発展した梨泰院。ネオンの下で様々な言語が飛び交い、外国人が行き交う街を避ける韓国人も多かった時代に、片岡さんはここにやってきた。

 繁華街のそばのアパートの屋上。家賃45万ウォン(現在のレートで約4万5千円)、冷暖房も付いていない6畳ほどの屋上部屋が、片岡さんの「城」だった。

【連載】梨泰院 この街で

韓国・ソウルの繁華街「梨泰院(イテウォン)」で10月29日夜、ハロウィーンを楽しむために集まった人たちが狭い路地に密集し、雑踏事故で150人以上が犠牲になりました。あれから1カ月。事故に向き合う人たちに思いを聞きました。

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