パナソニックの中村邦夫元社長が死去 ブランド廃止、リストラで改革

 元松下電器産業(現パナソニックホールディングス)社長の中村邦夫(なかむら・くにお)さんが11月28日、肺炎のため死去した。83歳だった。葬儀は近親者のみで行った。喪主は長男哲士さん。後日、会社が「お別れの会」を開く。

 滋賀県出身。大阪大学経済学部を卒業し、1962年に松下電器産業に入社。アメリカの現地法人や、主力のテレビなど情報家電部門のトップを歴任し、2000年に社長に就いた。

 当時、松下電器は本業のもうけにあたる営業損益が3年連続で落ち込むなど、経営課題が山積していた。

 中村氏は、同社が「20世紀の成功体験から抜け出せない遅くて重い組織」だと考えて、「創業者(松下幸之助)の経営理念以外に聖域はない」として大規模な事業改革に取り組んだ。

 松下幸之助が1927年に自転車用の角型ランプに採用した「ナショナル」ブランドの廃止を主導。幸之助がつくりあげた事業部制もやめた。「家族的経営」と言われた社風に抗して1万人を超える希望退職者の募集などを断行した。松下電工(のちにパナソニックと合併)など有力なグループ会社と経営の一体化を進め、重複を整理して合理化を図った。

 改革の費用がかさんだことなどから、02年3月期は巨額の純損益赤字に沈んだが、その後の業績回復は「V字回復」と注目を浴びた。06年に会長に就任。その後、日本銀行の参与や日本経済団体連合会の副会長を務めた。

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