幸之助の「遺産」に挑んだ「破壊と創造」の経営者 中村邦夫さん死去

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諏訪和仁
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 元松下電器産業(現パナソニックホールディングス)社長の中村邦夫さんが28日、亡くなった。2000年に逆風の中で社長のバトンを受け取り、「経営の神様」と称された創業者、松下幸之助の経営手法でがんじがらめになっていた会社を変えようとした。

 掲げた旗印は「破壊と創造」だった。

 その象徴が、大規模なリストラだった。戦前の昭和恐慌の中にあって一人も解雇しなかった幸之助に倣い、松下で人員削減は「禁じ手」だった。

 そんな松下で、中村さんは「創業者(松下幸之助)の経営理念以外に聖域なし」と宣言した。会社は01年度、過去最悪となる約2千億円の営業赤字を出していた。

 事実上、同社で初となる早期退職を募り、約1万3千人が松下を去った。これをきっかけに、業績は急回復した。「V字回復」は中村さんの代名詞となった。

 「20世紀中にできたシステムや組織は思い切って壊し、全部やり直す」とし、巨大な組織の再編にも手をつけた。幸之助が築いた、商品ごとの「事業部制」を廃止。グループ会社で最大の松下電工をはじめ、「松下」の名を持つ子会社を次々と本体に取り込み、重なっている事業を削っていった。

 一方、中村さんによる「創造…

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    伊藤大地
    (朝日新聞デジタル編集長)
    2022年11月30日23時49分 投稿
    【視点】

    「V字回復」の頃のパナソニックを担当として取材していました。事業部長クラスの幹部が、「中村さんはとにかく容赦ない人。『やりきるしかない』から大変だよ」とこぼしていたのを思い出します。海外支社から社長になった中村さんには、組織のしがらみがなか