第35回井上光晴さんと初めて関係を持った夜 バンペイユを食べた寂聴さん
井上荒野さんに聞く⑤
井上荒野(あれの)さん(61)の『あちらにいる鬼』は、2016年から連載が始まった。荒野さんは京都・嵯峨野の寂庵(じゃくあん)を訪ね、父の光晴さんや母との関係を瀬戸内寂聴さんに聞いた。小説は寂聴さんの一周忌にあわせて映画化され、「愛とは何かを考えさせられた」という感想が寄せられる。
――『あちらにいる鬼』に込めた思いは、どんなことですか。
寂聴さんが父のことをすごく好きだったんだなあ、ということを残したかったのと、もう一つあります。
父は寂聴さんのほかにも、たくさんの女の人がいたんです。それでも、うちのなかは平和でした。父の女性関係で、母が泣いたり怒ったりしているところを見たことがありません。なんか変だなあ、と思ってはいたんです。なんで父は、いつも土日はどこかに泊まりに行くんだろうとかね。
母は、どういう気持ちでいたんだろうか。母の謎を、書きながら考えてみたかったんです。亡くなっているから聞きようがありませんが、自分が覚えている母の情景をたぐっていきました。
――3人の関係を書くと寂聴さんに報告したとき、どんな様子でしたか。
すごく喜んでくれて、「どんどん書いてちょうだい。何でもしゃべるから聞きに来て」と言ってくれました。2、3回、寂庵に会いに行きました。
私から何かを聞くというより、寂聴さんの方から、いっぱいしゃべってくれます。質問する間もないぐらいです。ただ、話さないこともあるんだろうなあと考えていました。
――どういうことでしょうか。
不倫関係にあった、井上荒野さんの父・光晴さんのことを語る寂聴さん。その話はまるで短編小説のようになっていたそうです。記事後半で荒野さんが語ります。
当然ですよね。ここまでは話…