親同士の付き合いは苦手? 「自分はダメ」スキーマがもたらす苦しさ
子育て中の方にとって、必ずと言っていいほど話題になるのが、子どもを通した親同士の付き合い方や学校関連の係や役員問題です。
なぜなら、ただ子どもが同学年とか同じクラスぐらいの、自分の趣向とは無関係のつながりで、大人同士がつきあう難しさが生じるからでしょう。おまけに、基本的には逃れにくい、継続性のあるつながりであるところも大変なところです。
メンバーに恵まれた場合や、自分の趣向と活動が一致していた場合のうらやましい限りの体験が世の中に存在する一方で、ADHDで親をしている方々から聞こえてくるのは「つらい」「自分のことで精いっぱいなのに人のことまで手が回らない」「人付き合いに自信がないけど子どものためにがんばるのがしんどい」といった悲鳴に似た声です。
ADHDの人が人間関係で悩むワケ
ADHDの女性リョウさん(40代、仮名)もまたその1人でした。
ADHDの特性には本来、対人関係に直接影響するようなコミュニケーションの障害はありません。しかし、あきらかに、ADHDの大人の中にも逃れられない人間関係で行き詰まりを感じている人もいるのです。
なぜでしょう。
原因はいくつか考えられます。
ひとつめは、ADHDの特性が招いた失敗(遅刻、すっぽかし、話題がコロコロ変わる、話を聞いていない、衝動的な発言など)から人間関係を失ってしまう場合です。
リョウさんも、夫と結婚した当時は、「帰宅してから夕食の準備が終わる頃にはもう夜10時」のような段取りの悪さの問題から、夫とよくけんかをしていました。夫婦共にお金の管理ができずに身の丈に合わない派手な生活をして、2人とも不安を抱えていました。また、家が散らかったままで夫婦共にイライラしていました。
しかし、こうした特性から生じる失敗そのものは、克服の方法がたくさんありますし、改善は速いです。(詳細は過去記事をごらんください)
今回焦点を当てたいのは、ふたつめのこちらです。
ふたつめは、人間関係のうまくいかない理由が、ADHDの特性そのものではなく、過去の失敗から学習した教訓である場合です。
たとえば、リョウさんはこれまで時間管理、金銭管理、整理整頓といった課題で小さい頃からつまずいてきました。
小学生の頃から、夏休みの宿題は最終日に泣きべそをかきながらやっていました。結婚する前から衝動買いやクレジットカードの使いすぎで、カードの引き落とし日までに残高が足りなくなることもしばしばありました。
家が散らかっているのは昔からで、ハサミはいつもなかったし、印鑑やパスポートのような貴重品までなくす有り様でした。
こんなリョウさんでしたので、いつも親には「だらしない」「怠け者」と叱られてきましたし、学校の先生からは「反省していない」「忘れ物ばかり」とあきれられていました。友達には徐々に当てにされなくなっていました。そんな経験からリョウさんはこう思いました。
リョウ「私ってほんとにダメな人間だ。こんな私が親なんて、子どもがかわいそう。」
「自分はダメ」というスキーマ
こうした自分に対する認識のことを「スキーマ」と呼びます。
いちどスキーマが身につくと、基本的には人はこのメガネを通して世界を見ます。リョウさんは「ダメなんだ」と思っているので、誰かに「ダメだな」と批判されると、「そのとおりだな。やっぱり私はだめなんだ」とよりスキーマを強めて傷ついてきました。
中には「リョウさんすごい!」と褒めてくれた人もいましたが、リョウさんは「私に同情してそんなこと言ってるんだな」と受け止めて、「同情させちゃうほど、私ってやっぱり他の人よりダメなんだ」と確信したのです。
つまり、いったんスキーマができると、スキーマと一致する情報しか人は受け取らなくなってしまうのです。ちょっとやそっとの出来事では、「やっぱり私はダメなんだ」という結論に集約されてしまうのです。
話がちょっとそれましたが、こうした特性そのものではなく、特性から生じた失敗の結果生じたスキーマによって、その後の人間関係に支障が出ている場合は実はよくあります。
リョウさんは自分はダメな人間だと思っていたので、あきらかに相手が原因でトラブルになった時にも自分を責めて落ち込みました。あきらかに悪い男にひっかかっていても、なかなかそれに気づけず自分が至らないからだと愛されるための変ながんばりを繰り返していました。
PTAの役員に選ばれたら…
リョウさんはそんなわけで、PTA役員だけはやりたくありませんでした。小学生の娘の人間関係に自分が「よくない影響」を及ぼすようにしか思えなかったからです。しかし、リョウさんの娘の小学校では必ずひとり一回は役員をしなければならない仕組みで、ついにリョウさんは役員になってしまったのです。
そこで、リョウさんはこう決意しました。
リョウ「よし、私がADHDだってこと、絶対バレないように振る舞おう。無難に。無難に。とにかく目立たないようにするんだ」
リョウさんが選ばれたのは、小学校での講演会を企画する係でした。
10人ほどの役員が集まって、教室の椅子に輪になって座ります。そして、ひとりずつ自己紹介を回すのです。リョウさんの緊張はピークに達しましたが、
リョウ「みんなと同じように自己紹介すれば大丈夫。みんな“〇〇(我が子の名前)の母です。よろしくお願いします”って言ってるな。そのまままねしよう。オリジナリティーなんて危険だ」
と言い聞かせて、どぎまぎしながら定型文どおりの自己紹介をすませました。
なんとかいい滑り出しだと思いました。
今回の集まりでは、自己紹介とこれからの活動内容をおおまかに決めるだけでした。リョウさんは内心、こう思いました。
リョウ「そのぐらいならLINEでできたんじゃないの。わざわざ仕事休んできたのに、拍子抜け。イライラするわ。」
でも必死でそのイライラを抑えて我慢しました。
話し合いの後、保護者たちは廊下を歩きながら玄関に向かいました。リョウさんは、なんとなくみんなについて行きました。この後お茶でも飲むのなら、その流れでご一緒したいし、解散の流れならさようならと言うべきだろうしと思っていたからです。
10人ほどいた役員のうち、3人ほどが校門のあたりで立ち止まって、話し続けていました。リョウさんもなんとなくその輪に入ってみました。
ひとりがこう言いました。
Aさん「今度のクラスの先生、宿題多いと思わない?」
Bさん「思った、思った! 急に増えたよね。」
Cさん「私たちの頃はあんなに出てなかったし!」
リョウさんは娘のことを思い浮かべてみましたが、正直なところ娘は最近宿題を言われなくてもこなせています。宿題の量が多いかどうかなんて、見ていないので知りません。
でも宿題がどれだけ出ているかなんて知らないと言ってしまうと、「親が関与しなくても子どもが宿題できてるなんていいわよね」と嫌みに捉えられてしまうかもしれません。もしくは「宿題のことすら監視していないズボラな親」とあきれられてしまうかもしれません。
そんなことをぐるぐる考えると、その話題に入りそびれました。ただ、ニコニコうなずきながらその場にいるようにはしました。
他の3人は、特にリョウさんに話題を振るわけでもなく会話を終えました。
「それじゃあ、また。おつかれさまでした」
そんなかんじでみんなであいさつして帰りました。
帰り道のリョウさんはドッと疲れてこう考えました。
リョウ「なんとか無難に振る舞えたかな。私余計なこと言わずによくがんばったわ。親をやるのって疲れるわ」
みなさんはどんなスタンスで親同士の付き合いをしていますか? リョウさんはこのままいくとどうなるのでしょうか。続きは次回です。
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もっと女性のADHDについて知りたい方は「ADHD脳で困ってる私がしあわせになる方法」(主婦の友社)も参考になさってください。https://www.amazon.co.jp/ dp/4074466872/(中島美鈴)
次回は12月23日に公開予定です。
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- 中島美鈴(なかしま・みすず)臨床心理士
- 1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。