第2回焼けただれたほお、ひとりで死んだ8歳の娘 だれにも余裕はなかった

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 広島市の山本信子(38)=旧姓倉本=はいつも通りに登校した長女(8)を、原爆投下直後の広島で2日間捜しまわり、ついに、ある救護所の名簿にその名を見つける。

 信子は、長女の名前があった学校を捜し、さらに緊急時に集まる約束の知人宅にも戻ってみたが、会えない。

 翌朝。名簿に長女の名前があった学校に再び行ったが、見つからない。

 信子は決心をして、校庭の隅に設置された、遺体を集めた小屋に向かった。

 小屋のまわりにも、多くの遺体があり、顔を1人ずつ確かめていく。

核軍縮を議論する「国際賢人会議」が10日と11日、広島で開かれます。原爆投下についての故・山本信子さんの手記や遺族らへの取材をもとに、被爆の記憶をたどります。手記全文は遺族作成のHP(https://honoo-no-memoir.themedia.jp/別ウインドウで開きます)でご覧いただけます。

「なぜ気が狂わなかったのかわからない」

 小屋に入ると、《ふたつの大…

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核といのちを考える

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