「坂道写真家」タモリさん推しの坂を歩く 「奇跡の1枚」に挑んだら

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森下香枝
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 タレントのタモリさんには「坂道写真家」という別の顔がある。愛用のカメラを携え、タモリさんが出没したのは、23区屈指の坂スポットの港区。区によると、名前がついた坂道は86。タモリさんの「推し坂」を歩いてみた。

 地下鉄六本木駅を出て、六本木通りと外苑東通りが交差する六本木交差点にある喫茶店「アマンド」の脇に「芋洗(いもあらい)坂」がある。かつて、ここに芋問屋があったことが名前の由来という。この坂に合流するのは「饂飩(うどん)坂」。こちらの由来は1788(天明8)年ごろまであった「松屋伊兵衛(いへえ)」という、うどん屋にちなむとされる。

 二つの坂が交わる三差路の西側にあるのは、940(天慶3)年にできたと伝わる朝日神社。禰宜(ねぎ)の綿引崇さんによると、昔は山だった六本木の水源地に千年以上前、水の神様を祀る祠を建てたのが始まりという。その水源地から川ができ、麻布十番を流れる古川に合流。その川筋が現在の麻布十番商店街の原形という。

 今では明け方まで人が行き交う繁華街だが、タモリさんは午前5時に現地に赴き、人も車もいない状態での撮影に成功している。タモリさん著の「お江戸・東京 坂タモリ」(ART NEXT刊)に掲載された、その写真と同じ角度で記者も撮影したが、人も車も写り込んで、うまくいかなかった。

 綿引さんは「川の水脈がぶつかった地点とされる芋洗坂と饂飩坂の周辺には田畑が広がり、水が豊かな土地だったんです」。

都内にある暗闇坂の「暗さ」ナンバー1は?

 往時の雰囲気を伝える名前が、近くの坂に付いていた。芋洗坂を下った先の鳥居坂下交差点の近くにある「暗闇坂」。かつては坂に覆いかぶさるほど木が茂り、昼でも暗かったことに由来するとされる。暗闇坂という名前の坂は都内に複数あるが、タモリさんが司会の番組「タモリ倶楽部」が以前調べたところ、麻布の暗闇坂がその時点で最も暗いとの結果が出たこともあったという。ただ実際に行ってみると、マンションや大使館などが立ち並び、特に暗さは感じなかった。

 暗闇坂のある麻布十番周辺は坂に加え、歴史的なスポットや寺社が集まる地区でもある。暗闇坂を上った先にある一本松は、平将門の乱があった939(天慶2)年に、清和源氏の祖とされる源経基(つねもと)が立ち寄ったとの伝承がある。

 「現在の松で5代目。以前の松は1772年に失われたとの記録がある」。坂道に関するタモリさんの本「タモリのTOKYO坂道美学入門」(講談社刊)の監修も務め、坂道研究家としても活動する山野勝さんが教えてくれた。長谷川雪旦の『江戸名所図会 麻布一本松』にも描かれ、山野さんは「当時の絵から坂道を輿(こし)や町人が行き交う姿、寺院や茶屋が並ぶ街のざわめきが伝わる」という。

麻布の「名坂スクランブル」に行ってみた

 また面白いのは、ここは坂道…

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