鎌倉時代の日本を未曽有の恐怖に陥れたモンゴル軍船のいかりがこの秋、740年の時をへて、長崎県松浦市の鷹島の沖合から引き揚げられた。そのインパクトは学術的な意義を超え、海に眠る文化財の保存や活用方法まで多岐にわたる。歴史遺産を社会全体で守り、生かすための将来への試金石にもなりそうだ。
伊万里湾に面する鷹島沖には、暴風雨で沈んだ多くのモンゴル軍船が眠るという。1980年からの断続的な調査で船体や武器、日用品が確認され、2012年には海底遺跡で初の国史跡に指定された。松浦市は10月、地元漁協との調整など調査環境が整ったとし、満を持して木製いかりの引き揚げに着手した。
今回の取り組みが従来と違うのは、護岸や防波堤工事などでたまたま発見された出土品の緊急発掘ではなく、「海揚がり」文化財の保存手法確立などをめざす計画的な調査であること。将来的には、さらに船体の引き揚げもにらんでの長期的視野に立ったプロジェクトだ。
元寇解明、保存法確立も
対象は13年に水深約20メートルの海底で確認された木製いかり。重しの石が二つセットになるタイプばかりだった鷹島では珍しい一石型で「考え方を変えなければならない」と、作業を指導する池田栄史・国学院大教授。「船の調達や船団の構成など課題を提示してくれるだろう」と話す。
海の文化財の保存は手がかか…