「知らんけど」の便利さと寂しさ 息を吐くように、傷つかないように

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聞き手・田中聡子 聞き手・岡田玄
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耕論 知らんけど

 話した後やメッセージの末尾に、「知らんけど」と添える人が関西以外でも増えている。ただの流行語ではなく、使いたくなる必然性が、そこにはあるのではないか。知らんけど。

作家の岸田奈美さんは本場・関西での使われ方を、日本語学者の田中ゆかりさんは過去の流行語やブームとの関係を、哲学研究者の永井玲衣さんは現代社会での対話の難しさを考察します。

それは「元に戻す言葉」 作家・岸田奈美さん

 生まれも育ちも関西の私にとって、「知らんけど」は特別な言葉ではありません。日常の会話の中で、息を吐くように自然と出てくる言葉です。今、「新しい言葉」のように注目され、新語・流行語大賞のトップテン入りしたことは、私にとって「レンコンが野菜大賞に」みたいな不思議な感覚があります。

 自分のエッセーの最後に「知…

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    若新雄純
    (プロデューサー・慶応大特任准教授)
    2022年12月21日11時1分 投稿
    【視点】

    「知らんけど」と、どんな「表情」を添えて言うかが大事だと思う。記事に書かれるような照れ隠し・自分へのツッコミは、人間特有のコミュニケーション。はたして言葉だけでそれがちゃんと伝わるのか? 「表情」の持つ力を見直したい。