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「青リンゴのまま走れ」 安藤忠雄さんが語る青春と人生100年

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聞き手・山内深紗子
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 「青いリンゴのまま走れ」――。建築家の安藤忠雄さん(81)の信念のひとつです。60代と70代で2度がんを患い、膵臓(すいぞう)などの「五臓」がありません。大病後に手がけたのが、子どものための図書館づくり。私費を投じ、自治体に寄付し、バングラデシュでも建設を進めています。

 ――大阪の子ども図書館には、2メートル超の青リンゴのオブジェがあります。なぜこれを作ったのですか?

 これは「永遠の青春」と名付けました。

 米国の詩人サミュエル・ウルマン(1840~1924)の「青春」という詩を大切にしています。

 そこにはこういうことが書かれています。

 青春とは人生のある期間を言うのではなく、心の様相を言うのだと。年を重ねただけでは人は老いない。理想を失うときに初めて老いがくる。70歳であろうと、16歳であろうと、その胸の内に抱いているものが何であるのか、ということだと。

 私は、本当の幸せとは、光の下にいることではないと思って生きてきました。光を遠く見据えて、それに向かって懸命に走る。無我夢中の時間の中にこそ人生の充実がある。それが信念のひとつです。

 この青リンゴは、10代の人がこの青リンゴを触って、その人が50代、70代と年を重ねたときに、自分の心のありようを見つめてもらいたいと思って作ったのです。

 今日お話しすることは、人間も国も青いままの方がいい。熟れたら、おしまい。青春のまま走る。覚悟と希望を持って。こういうことなのですよ。

「安心」は敵 立て直すには「子ども」と「本」

 ――60代と70代で2度がんを患いました。

 覚悟を決めて、胆囊(たんのう)、胆管、十二指腸、脾臓(ひぞう)、膵臓(すいぞう)の摘出手術を受け、「五臓」がありません。1日6回血糖値を測り、毎日1万歩歩き、昼は1時間休み、読書をしています。ですが医者も驚いていますが、不思議と体の不調はない。81歳になった今も、世界中から依頼を受けて走り続ける日々です。

 ――2020年には、大阪に「こども本の森 中之島」を開館。神戸と岩手・遠野でも実現し、他都市でも準備が進んでいます。なぜ、「こども」と「本」なのですか?

 私は、大阪の下町に育ちました。祖母と住んでいた長屋を改築した時に、若い大工がひとり楽しそうに工夫して黙々と働く姿を見て建築家を志した。高校に通いながら、17歳でプロボクサーになり、その後は独学で建築を学びました。三軒長屋の中央をくりぬきコンクリートのコートハウスにした「住吉の長屋」が原点です。そこから「光の教会」などを手がけ、世界から仕事を依頼されるようになりました。

 ――読書の面白さを知ったのは?

 20代前半です。長屋育ちだったので、文化に触れる機会はほぼなかった。建築の研究をする中で、京都大学の研究者の人たちと交流するようになり、読書を勧められました。「覚悟」を学んだ宮本武蔵の物語や夏目漱石などに夢中になりました。

 でも同時に、「遅すぎた」と後悔したのです。本から得られる想像力や好奇心の奥行きは、建築など形から学んで得られるものより桁違いに深いものです。子どもの頃に触れないと、高められない。

 ――「日本を立て直すには、子どもしかない」と明言されています。その理由は?

 安心は、一番大きな敵だと思…

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