メディア空間考 石田博士
初夏の日差しが差し込む高校の教室。英語の先生は、教壇に立ったかと思うと熱弁を振るい始めた。
「君たち見たかい、昨夜の試合。すごかったねえ、マラドーナ。あのドリブルは神業だよ。ひとりでイングランドを倒した」「先生はビデオデッキを買ったばかりなんだけど、本当に買ってよかったと思ったよ。昨日の試合を録画できたからね」
普段はおだやかで、淡々と授業を進める初老の先生が、あの日は授業の大半をマラドーナの野性味あふれるプレーの解説に費やした。
1986年6月。サッカー・ワールドカップ(W杯)メキシコ大会準々決勝、アルゼンチン対イングランド戦の翌日のことだ。
私はその教室にいた生徒の一人だった。
単調な日常に風穴が開いた、あの日の記憶は今も鮮明だ。
マラドーナを擁するアルゼン…