新年連載「あらかわあらかると」 地域つなぐ水族館
埼玉県桶川市には、全国に2カ所しかない水族館がある。県立桶川西高校の「学内水族館」だ。生徒が荒川水系や世界中に生息する魚を飼育し、市民に見てもらうもので、20年を迎えた。地域の環境教育にも熱心で、サケの卵を稚魚まで育てて荒川に放す活動では、これまでに1万匹超を放流してきた。目的は何なのか――。記者が訪ねた。
桶川西高は最も近い荒川河川敷から、直線距離で約500メートルの距離にある。
水族館があるのは生物室。教室いっぱいに高さ45センチ、横120センチ、幅45センチの水槽が並び、荒川や支流に生息する魚のほか、世界各国の魚など約50種類、計約800匹の淡水魚が泳ぐ。
開館は2003年。科学部員らが20年にわたり、夏休みや年末年始も欠かさず、餌やりや水槽の清掃、水替えなどを続け、運営してきた。一般公開しており、これまでの来館者はのべ3万6千人を超えた。
きっかけは初代館長で非常勤講師の小熊一雄さん(67)が、前の勤務先のさいたま市の高校で育てていた約300匹の魚と30個の水槽を異動時に持ち込んだことだった。魚好きの生徒から「部活動にして欲しい」との声があり、「幽霊部」だった科学部で5人の部員と飼育を始めた。せっかくなので地域の人に見てもらうことにし、「ハートフル桶西水族館」と名付けた。
ただ、最初は苦労ばかりだった。高校と地域のつながりが弱く、周知が難しかった。周辺の小中学校や公民館に部員がチラシを配り、子どもの学習の場などとして集客を図った。
2年目には、当時の校長から「地域の人だけでなく、一般公開して学校のイメージアップを図れないか」と声をかけられ、県教育委員会による「県立高校特色化企画事業」に応募。見事に選ばれ、04年6月に一般公開が始まった。
口コミで人気が広がり、注目度が徐々に上がり、来館者も増えていった。現在は、年間に2千人以上が訪れる街の人気スポットだ。
来館者が感想を記すノートは、9冊目になった。「楽しい時間を過ごせました」「飼育した部員の努力を感じられました」といった感想がつづられている。小熊さんは20年の活動を振り返り、「『また来たい』という感想を見ると地域のみなさまに喜んでいただいていると感じる」と話す。
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ハートフル桶西水族館は、地域の環境教育にも大きな役割を果たしてきた。
その一つが、サケの稚魚を荒川に放流する活動だ。荒川では、水質の悪化でサケが荒川を遡上(そじょう)できなくなる問題が起きており、生徒らが市民グループと連携し、卵から稚魚までサケを育てて川に放流してきた。
地元の人に広く活動を知ってもらうため、幼稚園や小中学校にも稚魚の飼育を頼んだ。水族館が水槽を貸し出し、定期的に卵や稚魚を点検する仕組みだ。これまでのサケの放流数は1万匹を超えたという。
二つ目は、荒川に繁殖した外来種が固有種の生息環境を崩す実態についての情報発信だ。活動場所は、高校から約1・5キロ離れた「荒川太郎右衛門地区」。荒川の旧流路で、外来の魚や植物が繁殖している場所だ。生徒らは問題に取り組む地元住民らの「協議会」と協力し、コイやアカミミガメ(ミドリガメ)といった外来種の「出張展示」を各地で実施するほか、子ども向けの啓発イベントを企画するなどしてきた。
協議会の維持管理委員長を務めてきた堂本泰章さん(66)は「非常に心強い」と話す。未来を担う子どもたちへの教育が一番の課題だというが、水族館の生徒は子どもたちに関心を持ってもらえるよう、目線を下げて説明をするのがうまい。水族館が関わると、イベントにもたくさんの人が集まるという。「地味な活動を若い人の発想やアイデアで今後も変えていってほしい」
水族館はほかにも、地域でさまざまな活動に取り組んできた。部員の根底にあるのは、開館時から受け継いできた「地域とのつながり」と「命」を大切にするという思いだ。今後もこれを基本に、活動の幅を広げていく方針だという。
幼い頃からメダカを繁殖したり、近所でコイを釣ったりして、魚を身近に感じてきたという現部長の湯本冴さん(2年)は、水族館の活動を通じて環境問題について知り、学ぶようになった。ただ、部員だけが学んでも解決はできないと気づき、どうすれば周囲と共有できるか常に模索しているという。「これからも考えながら、活動に取り組んでいきたい」(仙道洸)
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