僕の避難所は家の「廊下」 戦争のしわ寄せ、障害のある人に

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キーウ=多鹿ちなみ
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 昨年10月10日朝。ウクライナの首都キーウのアパート4階に住むマクシム・ミッシェンコさん(30)は空襲警報で目が覚めた。そして爆発音が3回。すぐに避難した。

 避難といっても、アパートの地下壕(ごう)でもなく、200メートルほど離れたシェルターでもない。自宅の「廊下」だ。

 首から下が動かないミッシェンコさんは、車いすで生活する。地下壕への避難には、細長い階段を下りなければならない。シェルターへの道のりは段差が多く、車イスでの200メートルは決して近い距離ではない。

 空襲警報がやむのを自宅の廊下でじっと待った。そばに残ってくれた父と母と3人で「私たちは安全な場所にいる」と言い聞かせていた。

諦めた電動車いす 週2回の外出さえ奪われた

 ミッシェンコさんは7年前、橋から川に飛び込んだ際に脊椎(せきつい)を損傷。首から下の感覚はなく、腕が少し動かせる状態だ。

 リハビリに励み、パソコンを使えるようになった。アパートにはエレベーターがあり、電動車イスを使えば1人で外出もできる。

 「夏は週2回外出し、買い物や散歩をしていた。この辺は公園がたくさんあるからね」

 だが、2月24日のロシアの侵攻で生活は一変した。

 空襲警報がいつ鳴るかわからない。外出中、近くに階段だけのシェルターしかなかったら……。「電動車いすは重すぎて、人に運んでもらえない」

 だから、手動の車いすに替えた。自分で押すことはできないため、ふだんは親に押してもらう。

 停電の恐れも常にある。アパートのエレベーターが止まってしまえば階段を上るすべを失い、自宅に帰れない。

 そうして外出を控えるようになった。

 「階段はどこにでもあるからね」

 ミッシェンコさんは、力なく笑う。

 仮に地下壕やシェルターへ避難できても、ミッシェンコさんにとって安全とは限らない。身体が寒さを感じないためだ。

 内臓がいつもと違う感覚にな…

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