日本文化が好きで、日本に行くことを夢見ていた――。
キーウ近郊に住むウラジスラワ・クリビツキさん(53)は、長男のボフダンさんが自宅で熱心に日本語を勉強し、街で個人レッスンも受けていたことをよく覚えている。
家族にも長男は日本語で話しかけてきたため、いくつかの日本語を覚えてしまった。
22歳の誕生日にはパスポートをプレゼントした。
だが、パスポートが使われることはなかった。
「戦争がなければ日本に行っていたはずです」
激戦地ハルキウ州イジューム近郊で昨年5月、ロシア軍との戦闘中に亡くなった。26歳だった。
ロシアによるウクライナ侵攻から11カ月が経ってもなお、終わりが見えません。ウクライナ政府によると、この侵略によって、昨年12月時点で1万~1万3千人のウクライナ兵が命を落としたといいます。愛する人を戦地に送らざるを得なかった家族たち。夫や父、息子を失った遺族たちを訪ねて歩きました。
「日本に行くんだから、日本語を学ばないと」
長男は生前、よくそう言っていた。
部屋には、日本語のテキストや自作の単語帳が残されていた。
丁寧なひらがなで「はじめまして」と書かれていた。
キッチンには東京の夜景が印刷された愛用のマグカップがあった。
ボフダンさんはキーウ市内の大学を卒業後、2019年にウクライナ軍に入隊を希望した。
見違えるように成長した長男
「責任ある仕事につきたい」…

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