阪神タイガースの湯浅京己(あつき)が高校時代で一度だけ、両親に弱さを見せたことがある。
地元の三重県尾鷲市を離れて過ごした福島・聖光学院高での3年間。順風満帆とは正反対だった。
入学直後から成長痛による腰痛に悩まされ、時には歩くのもままならないほど。もちろん日々の練習もできなかった。
母の衣子さん(50)は、離れた地にいる息子に1日3回、メールを送っていた。
朝は「おはよう」「寒くなるから暖かくしてね」。
昼には「腰の調子は大丈夫かな」。
夜は「今日はおつかれさま」。
野球ができない分、少しでも気が紛れればいいと前向きな言葉を選んだ。
返事はたまに返ってきても一言くらいだった。
1年の冬、正月の帰省から福島へ戻ると、湯浅はマネジャー転向を打診された。
当時はグラウンドから離れ、ストレッチや体幹メニューをこなすしかなかった。
その姿を見かねたコーチが、居場所を作ってあげたいという思いで提案した。
完治したら復帰できる――。その条件で湯浅は引き受けた。
だが、チームメートからは「…

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