闇のなかに姿を隠した白梅が、香りで語りかけてくる。早春の幻想的な景色を描くお菓子が「東風(こち)のふく」です。
「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花 主(あるじ)なしとて春な忘れそ」。菅原道真が都への思いを梅に重ねた和歌に銘をとる蒸し羊羹(ようかん)で、白小豆の粒あんは花を、黒糖風味の小豆のこしあんは夜をあらわしています。小豆の持ち味が際立つしっかりした甘みともっちりした食感に、寒さにこわばっていた心もほどけます。
梅は日本で古くからにおいの花として愛され、かぐわしい、奥ゆかしいと香りは表現されました。その解析に取り組んだのが、花王感覚科学研究所の研究員で調香師の野川一義さん。野川さんのチームは各地で自然の香りを採取していますが、梅は和歌山の産地で13種を調べました。
「香りの基調は、桃のようなフルーツを含むフローラル。色や品種によって違いはありますが、スパイシーさと奥底からの色気の要素を加えて、梅らしさを構成しています」。スパイスはクローブ、色気はシナモンに通じると聞くとどこか神秘的で、凜(りん)として咲く姿とも響き合います。香気は花の開く朝一番がもっとも強く、時間とともに減りますが「夜でも十分に感じることはできるでしょう」。
香りと心の関係は注目のテーマです。野川さんは「特定の香り成分の持つ機能性とは別に、その人にとって好きな香りにはリラックス効果が期待できます」。姿はなくてもいい香りに幸せな気持ちになれる。楽しみがひとつ増えます。(編集委員・長沢美津子)
2月のおかし
銘 東風のふく 希少な岡山・備中白小豆の繊細なあんを黒糖を使った蒸し羊羹の生地で巻き、竹皮に棹(さお)状に包んで蒸し上げた。
協力:今西善也 京都祇園町「鍵善良房」15代主人。
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