第4回ネットでも何でも使う 元記者が語るNHKの「使命」「一番悪い所」

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聞き手・平賀拓史
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 デジタル時代に「公共放送」だけではその使命を果たせないのか――。現在は放送の補完業務とされ、予算も制限されているインターネット活用業務を、放送と並ぶ本来業務に格上げすべきかどうかが総務省の専門家会議で話し合われている。報道分野でのネット展開を指揮した元NHKネットワーク報道部専任部長で、現在はネットメディア「スローニュース」のシニアコンテンツプロデューサーを務める熊田安伸さん(55)に、ネット進出を進めた意図と背景、NHKがネットで進むべき道について聞いた。

 くまだ・やすのぶ 1967年生まれ。90年にNHK入局。沖縄や社会部などで、経済事件の調査報道や災害の前線報道などを担当。2021年にNHKを早期退職し、調査報道とノンフィクションの定額読み放題サービスを展開(現在は停止中)するウェブメディア「スローニュース」に移った。現在はセミナーの開催や調査報道の支援に取り組んでいる。

 ――ネットワーク報道部を2017年に立ち上げ、「政治マガジン」や「取材ノート」といったネットでのニュースコンテンツ強化を積極的に打ち出しました。どのような目的だったのですか

 まず、NHKの役割とは何か、これを説明させてください。

 よく、NHKをスクランブル放送とかサブスク(定額制サービス)にすればいいじゃないか、って話があります。でもNHKの受信料は、受益者が自らの利益のために払っているものではないんです。受信料という言葉が分かりにくいせいですが、NHKの唯一のミッションって、良質な、必要な情報を、等しくあまねくすべての日本国民に伝えることなんですよ。もちろんジャーナリズムとしての権力監視のための調査報道もありますが、それは当然の前提として、それよりもっと手前の話として重要なことです。

 たとえば、国や行政が決めたことについての情報。国って、新しい法律とか、オリンピック関連の事業でどこかと契約しましたとか、一応発表はしている。でも、発表の方法はいまだに紙の官報がベースで、役所が開いている日に出す。でもそれは国民には届きません。

テレビでもスマホでも伝書バトでも

 災害時の避難情報とか、支援や物資の情報提供だって、本来は自治体の役割です。でも自治体の発信力ではそれはできない。もちろん自主的な防災無線がある自治体もあるし、東京都などはコロナ禍の中でも積極的に情報発信をしている。でも、必ずしもちゃんと対応できているわけではない。

 昔は、デジタルの時代になったら国や自治体が直接情報を発信するようになる、と思っていました。彼らにも情報をコントロールできるメリットがあるから、警察も地検も公取も自分たちでもっと発信するだろうと。だけど、思ったよりそういう方向に行きませんでした。

 国や自治体がそれをやれないから、メディアが担っているんです。発信力あるメディアが、一刻も早くきっちりした形でわかりやすく伝えなきゃいけない。その媒体の一つがNHKです。

 ――行政がやるべきだけどできていない点をフォローする役割がNHKにはある、と

 メディアの伝える情報は、現代においては水道とか道路と同じインフラです。だから受信料は、個々人が個別の利益を得るために払う対価、例えばネットフリックスの利用料のようなものじゃない。日本全国、困っている人や苦しんでいる人、あらゆる人に、良質な情報を常時届けて守ってあげるために、みんなで負担しているお金なんです。生活保護を受けている人たちからは受信料をとりませんが、払った人しか情報がいかないのであれば、そうした人たちがいっさい受け取れなくなります。

 テレビかどうかなんかどうでもいいんです。良質な情報を国民全員に、なんとしても届けきるっていうのが、大きなミッションなんです。そのために、ラジオだったものをテレビでやって、今はスマホのほうが伝わりやすい人がいるからスマホでも。ありとあらゆる方法、糸電話でも伝書バトでも、いちばん伝わるもので国民の命を守ればいいんです。

 ネットワーク報道部は別にデジタルとかネットをやるための部署ではないんですよ。デジタルは必要な伝送路の一つ。情報を届けきるという目的が実現できれば、なんでもいいんです。

 ――ネット展開が進む中で、受信機ごとに受信料を取る現行制度ではカバーしきれない点もあります

 現代では世界中の公共メディアが苦境にあります。フランスでもドイツにしてもイギリスにしても、国家レベルでみんな考えています。でも、民主主義国家には、すべての国民に等しく良質な情報を与えるメディアが絶対必要だよね、って話にやっぱりなっている。

 だから、今後の受信料のあり方を考えるときは、値下げする、しないなんて議論じゃなくて、日本にもそういう機能やインフラが必要ですか、という議論をしなければいけない。良質な情報を与える何かの手段が必要だとなったときに、じゃあそれをどんな内容にするか、みんなに伝わるにはいくらが適正なのか、という話になる。

昨年、NHKが見舞われたいくつもの問題に共通するもの、国民に疑問を持たれる原因を、熊田さんが記事の後半で鋭く指摘します。ネット進出に伴う「民業圧迫」の懸念に対しても、他メディアとの新たな「協力」を提案。それは熊田さんが退職を決意した理由にもつながっていました。

 でもNHKは、そういう国民…

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