労災保険、事業主に不服申し立て権利認める 制度変更に高まる懸念
記者解説 経済部・橋本拓樹、編集委員・沢路毅彦
働く人や家族を守る労災保険制度を揺るがすような判決を、東京高裁が昨年11月に出した。訴えを起こしたのはある一般財団法人で被告は国だ。法人で働いていた人が仕事が原因で精神障害になったとして、労災保険の対象になった。法人は国が出した支給の決定を取り消すよう求めていた。
東京地裁は「事業主に労災決定の取り消しを求める権利はない」と門前払いしていたが、東京高裁は「事業主に権利はある」と判断。支給決定が妥当だったかどうかを審理するよう東京地裁に差し戻した。
この判決は関係者に衝撃を与えた。労災保険は仕事が原因でけがや病気、精神障害になった場合、国が賃金の一定割合や治療費、年金などを出す。労働者や家族の申請を受けて労働基準監督署が調査し、支給の可否を決める。
もし、事業主が支給の決定を取り消すよう求めることができるようになれば、係争中は補償を受ける権利は確定しないことになる。裁判は長引くことがあり、結論が出るまで労働者や家族は不安定な立場に置かれる。最終的に事業主の言い分が認められれば、いったん受け取ったお金を返さなければいけないケースも想定される。これでは、労災で生活が苦しい人たちを守る本来の目的は果たしにくくなる。
支給の決定は、労働者や家族に対する国の行政処分と制度上は位置づけられている。事業主が口を挟める仕組みにはなっていない。今回の判決は、長年維持されてきたこの枠組みを事実上否定するものだ。加藤勝信厚生労働相は判決後の会見で「労災保険制度は被災労働者の迅速・公正な保護のために創設された。労災保険給付について事業主が争うことができるとすると制度の趣旨を損なってしまう」と述べた。
国は最高裁に上告したが影響は小さくない。他の事業主が同じような訴えを起こすことが考えられるからだ。
ポイント
働く人を守る労災保険制度が、事業主の権利をめぐる司法判断で大きく揺らいでいる。国は保険料引き上げについて、事業主の不服申し立てを認める仕組みを新たにつくる。制度の見直しでは被災者や遺族が不利な影響を受けないよう、丁寧に対応すべきだ。
事業主側にも争いたい理由が…