「人々の力で平和を」ロシア文学研究家・石原さん、侵攻1年を前に

吉沢龍彦
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 ロシアのウクライナ侵攻からまもなく1年。戦火の下で市民らは、厳しい冬を越えられるのか――。戦地から8千キロあまり離れた山梨で、人一倍関心を寄せ、心配している。

 ロシア語とロシア文学にのめりこんで40年になる。40代で高校教師を辞め、大学に学士入学し、モスクワに留学もした。ここ10年ほどは毎年春と夏にロシアやウクライナの大学を訪ね、文学研究にいそしむ。

 関心の対象は、ウクライナの首都キーウ(キエフ)出身で、劇作家、小説家のブルガーコフ(1891~1940)だ。小説「巨匠とマルガリータ」などの作品で知られる。ソ連時代には反体制的とみなされ、発禁処分も受けたその作品の日本語翻訳に情熱を燃やす。

 2021年に翻訳を完成して出版した小説「白衛軍」(七月堂)は、ロシア革命の波が押し寄せた1918~19年のキーウで、内戦にほんろうされた3兄妹を描く。ブルガーコフの自伝的長編だとされている。

 小説の主人公が加わった白衛軍は、戦いに敗れ、指導者は逃亡する。部隊解散を決断した将校は戦おうとする兵士らに「誰を守りたいと望むのか」と問いかける。

 市街地の民家に軍人を名乗る男たちが押し入り、金を奪った場面では、被害を見聞した人物が「生活すべてを警報装置や、何やら拳銃の上に築くことはできないでしょう」とうめく。

 ブルガーコフには医師として従軍した経験があり、「キーウを占拠したすべての権力に召喚された」と述懐しているという。小説のなかに出てくる諸勢力に対して突き放した視点があり、家族への強い愛情が描かれている。

 翻訳で心を砕いたのは、原文の雰囲気を忠実に伝えることだったという。なかでも「ロシア語とウクライナ語を区別したこと」が特徴だと自ら解説する。

 キーウはロシアに支配された時代があり、ロシア系とウクライナ系の住民が入り交じっている。小説の登場人物がウクライナの言葉やなまりを強調する場面では、カタカナを使うなどして訳し分けた。

 「ブルガーコフの運命と作品を細部まで理解することが、イシハラの全生涯の任務となった」。翻訳を終えて、昨年初め、モスクワで発行された雑誌に載った記事だ。研究を通じて交流を深めたロシア人記者が執筆した。

 記事掲載からほどなくして、ロシアのキーウに向けた進軍が始まった。

 「今の状況は『白衛軍』の時代とよく似ている。どんな正義を掲げても、武力は人々の生活を破壊してしまう」

 「白衛軍」の締めくくりに、ブルガーコフは「どうしてこんなことが起こったのか? だれも答えられない」と記した。それでも、春になると雪が解け、草が芽吹き……と続く。

 「今はまだ、芽吹きの糸口が見つからない状況ですが、人々の力で再び平和が取り戻されることを願っています」

 自宅では畳の間の座卓にパソコンを置き、座布団にどかっと座って読み書きをするのが日課。ブルガーコフを通じてロシアとウクライナに近づくこと、文化の橋を日本にもかけることに意義を感じている。(吉沢龍彦)

     ◇

 〈ウクライナ〉 ヨーロッパ東部の国。黒海の北に位置し、面積は日本の1・6倍、人口は約4100万人。国土の半分は平野で小麦などの耕作地が広がる。資源が豊かで鉄鋼は重要な産業になっている。1986年に原発事故が起きたチェルノブイリは首都キーウの北約100キロにある。

 東スラブ族が設立した公国がルーツにある。18世紀にはロシア帝国の一部とされた。1917年のロシア革命後、共和国の建国が宣言されたが、内戦を経てソビエト連邦の構成共和国となった。91年にソ連から離脱して独立した。

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