福島県飯舘村の山あいにある一軒家。玄関脇に立てかけられた黄色い看板には、藍色の文字で「整骨院」とあった。
昨年11月上旬、紅葉に囲まれた整骨院で、柔道整復師の長田(おさだ)卓也(39)は2度目の冬を迎えようとしていた。
「もうじき寒くなりますね」。施術ベッドの80代の女性患者に話しかけながら、腰や首回りをほぐす。
「飯舘村のお年寄りは、体がパンパンに張っている」。訪れる患者の多くが、東京電力福島第一原発事故の避難先から村へ帰還し、農作業をしている。全村が6年間も強制避難を強いられ、自宅周辺や田畑は雑草で荒れ果てている。以前のように草刈りを手伝う若者は少なくなった。
一昨年8月、長田は北に約50キロ離れた宮城県岩沼市から引っ越してきた。妻の早(さき、31)、小学2年を頭に3人の子どもと一緒に暮らす。
整骨院の看板は岩沼で使っていたものだ。「人生をやり直した看板」だった。
原発事故の影響が続く福島の沿岸部「浜通り」地方。人口が減る一方、あえて移住する人たちもいます。仕事がない、借金がある、復興に貢献を――。この地に新たに根を下ろした人たちに、それぞれのワケを聞きました。
村役場「患者なんていませんよ」
東日本大震災の1カ月前、長…