被爆2世訴訟棄却 「国は寄り添ってくれなかった」憤る原告たち

核といのちを考える

松尾葉奈 戸田和敬 大野晴香 聞き手・黒田陸離
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 原爆被爆者の子の「被爆2世」を法的な援護の対象外としていることについて、国の責任を認めなかった7日の広島地裁の判決。原告たちに落胆と怒りが広がった。「次の世代が安心できる未来」を何とか実現しようと、法廷闘争を続けることを誓った。

 「国は不安に寄り添ってくれなかった」。広島県三次市の被爆2世で原告のひとりの上野勢以子さん(65)は声を落とした。判決は「原告らが健康に不安を抱くのは自然」と認めてはいるが、上野さんは「ここは広島でしょ? 2世のしんどさを認めない、情けない判決だった」と語った。

 上野さんは山口県での大学時代、同級生から投げかけられた言葉が忘れられない。

 「それって、うつらんのか?」

 2世だと打ち明けた時のことだった。心臓をきゅっとつかまれる思いだった。

 母の和子さんは12歳の時に被爆した。そして27年前、63歳で他界した。晩年は心臓発作を繰り返していた。上野さん自身も、体調や健康診断の数値が悪くなると、放射線の影響ではないかと不安になる。

 2017年、知人に誘われて原告団に加わった。「お金が欲しいだけだろ」。SNSで原告らを中傷するような投稿を目にした。差別も感じた。「原爆を落としたのは米国だけど、生きにくくさせているのは日本人なんだよね」

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 母の和子さんは原爆が投下された1945年、広島女学院高等女学校(現・広島女学院中学高校)の1年生だった。

 8月6日は、建物を取り壊して延焼を防ぐ建物疎開の作業が休みになり、爆心地から約1キロの自宅で被爆した。川を泳いで渡って救護所までたどり着いたという。

 上野さんは高校のころ、被爆のことが知りたいと思い、和子さんに「絵を描いてみてよ」と頼んだことがある。

 和子さんは紙に黒色や赤色のクレヨンでぐるぐると何重にも円を描いた。目をそらしながら言った。

 「描けん。地獄だった」

 いま思えば、残酷なことをした。

 和子さんが亡くなった後に知ったこともある。

 広島・長崎の被爆者への放射線の影響を調べるために開設された原爆傷害調査委員会(ABCC)から1960年代、和子さんは調査を受けた。「明るい光や閃光(せんこう)を煩わしいと思いますか」「1人になるのが恐ろしいですか」との問いに、「はい」と答えていた。

 「全然、母の気持ちをわかろうとしていなかった。しんどかっただろうに、寄り添えていなかった」。後悔は絶えない。

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 上野さんは今、ボランティアガイドとして、平和記念公園広島市中区)を訪れる全国の修学旅行生たちに、和子さんの体験や思い出なども伝えている。

 昨年8月には、米ニューヨークで開かれた核不拡散条約(NPT)再検討会議のサイドイベントに参加した。

 被爆2世健診を受けていることを明かしながら、「核兵器は世代を超えて、体にも心にも影響を与える。なぜ人類は核兵器を手放さないのか」と訴えた。

 自分のように健康不安や不条理を表立って言う2世ばかりではない。

 例えば、父の被爆体験を語り継ぐ活動をしている広島市中区の細川洋さん(63)は「2世以外にも福祉で困っている人はいる。2世として突出して声高に訴える必要はないと思う」との立場だ。判決については「原告たちの訴えは大事なことで、国が(援護策を)認めてくれればいいなと思った。でも、医療保障が全てじゃない」と語った。

 上野さんは「被爆2世が100人いたら、100通りの考えがある。そのなかのひとりとして丁寧に話していくのが大事なんかな」という。

 国から10万円という賠償金をもらうのが訴訟の目的ではない。ただただ、2世に寄り添ってほしい。声を聴いてほしい。自分は親にできなかったけれども。

 そんな思いで臨んだ判決での棄却。「こうやって2世や原爆が忘れられていくんかな」と気落ちもしたが、闘い続けるつもりだ。「私は私のできることをする。次の世代が安心できる未来にしたい」(松尾葉奈)

     ◇

 「2世が直接被爆していないのは当たり前。それで切り捨てようとするなんて言語道断だ」。判決後、原告団のひとりの寺中正樹さん(61)=山口市=は怒りで声を震わせた。

 「核の被害の『真実』を伝えるためにも、国は2世ともしっかり向き合ってほしい」とも訴えた。

 平野克博さん(64)=広島県廿日市市=は「親やきょうだいが本当は語りたがらなかったこと」を裁判で明かしてきた。控訴審に向け「多くの人が2世にも興味を持って、理解してもらいたい」と話した。(戸田和敬、大野晴香)

被爆2世の意識調査を行った八木良広・昭和女子大助教(社会学)の話

 広島地裁の判決は2世の不安への配慮が後退した。被爆者援護法による援護をめぐり、「国家補償的配慮があること」を「否定できない」とする過去の判決を引用した。昨年12月の長崎地裁判決は、援護法を「実質的な国家補償的配慮を根底として制定された」としていた。

 援護の対象を被爆者のみで終わらせてしまうことは、原爆の被害を過小評価することにつながるのではないか。戦争被害は国民が等しく耐え忍ばなければならない、とした国の政策が今なお影響しているようにも思う。

 放射線影響研究所の調査などで、放射線の遺伝的影響の有無に関する科学的な結果が分かる頃には、被爆者ばかりでなく、2世もいなくなっているかもしれない。

 はっきりした結論が出ない状況が続くなら、2世たちの不安に対し、心のよりどころを国に築いてもらうしかない。まずは2世に行っている健康診断について、国は有病率などの結果は明らかにすべきだ。

 日本原水爆被害者団体協議会が2021年に発表した2世の意識調査に私は加わった。放射線の影響や健康へのとらえ方について、2世は被爆者以上に多様だった。被爆者同様に、子や孫の病気に罪悪感を持つ2世が少なくないこともわかった。

 子孫にも続くであろう不安を軽視してしまってよいのか。国がどういう姿勢を示すかによって、2世の不安も和らいでくるだろう。(聞き手・黒田陸離)

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