第1回「まるでバブル」TSMC工場建設の熊本 山林の価格は2年で4倍に
雄大な阿蘇山を望む熊本県菊陽町。ほんの1年前までは21ヘクタールのさら地だった場所に、いま20台近いクレーンが林立し、要塞(ようさい)のような建屋の建築が進む。台湾積体電路製造(TSMC)の工場。TSMCは「ファウンドリー」と呼ばれ、大量生産に特化した世界的な半導体メーカーだ。
「かなり急ピッチで工事が進んでいます」と町役場の今村太郎商工振興課長。2023年12月の操業準備完了にむけ、全国から集まった約2千人の作業員が3交代24時間態勢で働く。地元では「工事が止まったのは元旦だけ」といわれる。
県内総生産6兆円余の熊本に、TSMCは初期投資だけで1兆円を投じる。関連企業の進出などで県内の経済波及効果は10年間で4兆円超と試算される。さらにTSMCは「日本に二つ目の製造工場をつくることも検討している」(魏哲家CEO)と言及し、周辺に第2工場ができる可能性が急浮上している。
半導体をめぐる綱引きが世界で激しくなっています。熊本にも、世界的な半導体メーカー台湾積体電路製造(TSMC)の工場の建設が進んでいます。誘致のため、日本政府は最大4760億円を補助することになりました。なぜそこまでするのか。半導体を取り巻く社会の変化、そして政策の舞台裏を官僚たちの証言を中心に描きます。
すでに熊本県への企業進出は過去に例を見ないほどだ。21年度に県に進出した企業は過去最多の59件。そのうち半導体関連が前年度の3倍以上の22件だった。県の担当幹部は「長く塩漬けだった工業団地も売れた」と興奮気味に語る。
そのひとつが、JR熊本駅から車で35分ほどの田園地域にある県営工業団地。1994年に分譲を開始したが、一部が売れ残っていた。昨夏、半導体関連企業に売れた。この1年余で県営工業団地の30ヘクタールが売れ、残るは6ヘクタールのみ。県は新たに2カ所で工業団地の整備を進め、熊本市も新規に20ヘクタールの用地確保に乗り出した。
需要に供給が追いつかない。半導体工場で使うガス浄化装置を作るカンケンテクノ(京都府長岡京市)は、熊本県玉名市の、廃校になった小学校跡地を取得した。TSMCの工場から車で40分かかるが、今村啓志社長は「7カ所ほど見た後、地元の熱意に打たれ、ここにしました。ちょっと遠いが仕方ない」と語る。
周辺の地価は急上昇している。22年9月に国土交通省が発表した基準地価では、菊陽町の工業地の上昇率31・6%は全国1位の伸び率だった。
「地価まだ上がる」 土地手放さない地主
だが同町商工会の後藤一喜会長は「実際はそんなもんじゃない」と首を振る。「雑種地や山林が3倍、4倍で売られている。不動産屋が地主に『いくらでもいいから売ってくれ』と回っている」。工場近くの山林を売った男性は「2年前に隣の山林が1反(991平方メートル)150万円程度だったのに今回は4倍の600万円で売れた」と話す。
地元の不動産仲介会社の会長は「今の相場は、仮想通貨ならぬ仮想相場だ」と指摘する。「需要に供給が追いつかないため、実際に取引が行われるのは少数。業者が次々と高い金額を告げ、それがうわさとなる。地主は『まだ上がる』と様子見し、土地を手放さない」
TSMCの従業員は1700人を予定する。このうち300人が台湾からやってくる。
だが、従業員むけの賃貸住宅…