甲子園で流れる母校の校歌 自ら歌う歌手が込めた「野球への恩返し」

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笠井正基
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 いつもと違う「春」が、今年もやってくる。

 昨年に続いて、母校が選抜高校野球大会に出場するからだ。山梨学院野球部OBで、シンガー・ソングライターの伸太郎さんは、甲子園で流される校歌を自ら歌ってきた。

 この春は、マネジャーで長女の中沢日瑚(にこ)さん(新3年)がベンチ入りする。今年こそは、と、ある願いを後輩に託している。

 中沢伸太郎さん(48)は高校時代、俊足好打の2番打者として活躍し、秋の県大会で優勝した(当時の校名は山梨学院大付)。

 エースは、1992年秋のドラフト3位でオリックス入りした牧野塁だった。

 ギターの弾き語りを得意とし、ときに野球部の寮を即席の“ライブ会場”に変えてきた。高校時代に人気だったのは長渕剛さん。当時の監督の目の前でシャウトしても大目に見てくれた。

 それだけでなく、高校3年の夏に甲子園出場の夢が絶たれたあと、監督は作詞家の阿久悠さん(故人)を紹介して伊豆にあった自宅に連れて行ってくれた。

 世間では松井秀喜さんへの5敬遠が賛否を呼んでいた、暑い夏だった。

 そこで甘く伸びやかな歌声を披露すると、阿久さんからは「じゃあ、シンガー・ソングライターになりなさい」と応援してくれた。

 花の都“大東京”で修業できる――。

 そう心が躍ったが、違った。

 阿久さんは「野球のなかには人生のすべてが詰まっている。母校の野球部のコーチをやりなさい」。

 それ以上の説明はなかった。ほほえんで、うなずいているだけだった。

 シンガー・ソングライターになるのに、なぜ、野球部のコーチなのか――。

 いきがっていた10代だった。

 だが、伸太郎さんは悩むだろ…

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