じゃんけん「ヨッシャー」でプラス思考に 慶応が重視するメンタル力
開幕を迎えた第95回記念選抜高校野球大会。5年ぶり10回目の出場となるのが慶応(神奈川)だ。
2月下旬、横浜市港北区にある慶応高校の教室。制服姿の選手が集まり、じゃんけんをしていた。「ヨッシャー」。勝敗にかかわらず、全員が全身で喜びをあらわにした。いったい何が行われているのか――。
「良い意味で脳をだますんです」。SBTメンタルコーチの吉岡眞司さん(61)が説明してくれた。五輪選手なども取り組んでいるというSBT。スーパー・ブレーン・トレーニングの略で、脳科学に基づく、脳から心を鍛えるメンタルトレーニングの一つだ。
「ヨッシャー」や「ありがとう」などのプラスの言葉を発することによって、ミスしたときなどの「マイナス思考」から、良い精神状態に切り替わるという。
慶応では月に1度、「木鶏会」と呼ばれる活動も教室で行っている。各業界の第一人者の特集記事をそれぞれが読み、自分に関連づけて、野球につながることや気づいた点を話し合う。相手の発表を「いいね!」と褒めながら、自分の行動に還元していく、という。
カギは「平常心」
グラウンド外で行われる一風変わったトレーニングを取り入れたのは、「スポーツとメンタルは密接につながっている」と森林貴彦監督(49)が考えているから。大事な場面で持っている力を発揮できるかどうかは心の状態が大きく影響する、とみている。
特に野球には必ず、投手が投球に入るまでの「間」が生まれる。その「間」は、守る選手にとっては風向きや捕球後にどこに投げるか考える時間になり、打者にとっては次の球種や球筋を予測する時間となる。
心が落ち着いた状態でなければ、余計なことを考えてしまい、持っている能力を発揮できない。大舞台に立つ経験が多くはない高校生にとって、いつ何時も、いかに「平常心」でいられるかがカギになる。
そうした考えのもと、森林監督率いる慶応はメンタルトレーニングを1年半前から率先して取り入れた。
独自ポジション「メンタルチーフ」
選手の中に、メンタル面のサポートする特殊な役職もある。「メンタルチーフ」と呼ぶ、慶応独自のポジションだ。各学年から1人ずつ選ばれ、メンタルトレーニングの中心を担ったり、率先して部員に声をかけたりする。庭田芽青(めいせい)選手(3年)は「チームに貢献したい」と立候補し、同級生の中から選ばれた。
SBTを学ぶ中で、庭田選手が行動に移したのは、「言葉にする」ということだ。今年から、練習前に「目標」「目的」「スローガン」の三つについて、言葉に出すことを提案し、全員が取り組み始めた。やるべきことを明確にし、言葉に責任を持つことで、行動が変わってくると考えている。練習中や試合中に「ありがとう」の言葉が多く聞こえてくることも、学んで実践したことの一つだ。
成果は徐々に現れてきた。森林監督は「昨秋の大会から、気持ちの浮き沈みが少なくなっている」と話す。勝てば選抜の出場が有力となる関東大会の準々決勝では、先制されても打線が普段通りの力をみせて逆転。小宅雅己投手(2年)は16被安打されながらも、落ち着いて完投勝利した。
極度に緊張する場面――甲子園での試合は、もう目の前に迫っている。
レギュラーを目指している庭田選手だが、選抜大会ではメンタルチーフとして帯同する。「選手たちの精神的な支柱になり、甲子園という大きな舞台でも、いつも通りのプレーができるようサポートしたい」(原晟也)
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