「私は何も悪いことはしていない」
ある職員が放った一言が、ずっと忘れられないでいた。
どういう気持ちで言ったのか。どのような意味が込められていたのか。その答えを求めて2月下旬、再びフィリピンを訪れた。
向かったのは、マニラ首都圏にある入国管理局の収容施設「ワーデンズ・ファシリティー」。日本人を含め、オーバーステイなどで母国への強制送還の手続きを控える外国人が収容される場所だ。
「ワーデン」には、法や規則を守らせる監視人や番人といった意味がある。この名とは裏腹に、収容中の日本人がフィリピンを拠点とした特殊詐欺や日本各地で相次いだ強盗事件に関与していた疑いが浮上。4人が2月9日までに強制送還となり、警視庁に逮捕された。
この建物は「キャンプ」と呼ばれる広大な警察施設の敷地内にある。入り口には常に4、5人の警察官が立ち、警備は厳重だ。ゲートを抜けると庁舎や射撃場、運動場、プール、警察学校など様々な施設があり、舗装された道路を、迷彩服やヘルメット姿でランニングをする警察官や警察車両が行き交う。車で2、3分進むと、有刺鉄線が張りめぐらされた高い塀が見えてきた。
ほんの2週間ほど前まで多数のテレビカメラに囲まれていた施設の前は、あの喧騒(けんそう)がうそのように静まりかえっていた。「今は外も中も静かだ。収容者もみんなおとなしくしているよ」。看守の男性は警戒した様子を見せつつ、そう話してくれた。
入り口にある詰め所には、10人ほどの面会希望者が列をなしていた。2人の職員が差し入れの袋を丹念にチェックしていく。台湾人の夫に面会に来たメンドーサさん(34)は「面会の規制が厳しくなって、ごく短い時間に限られるようになった。荷物のチェックにも以前の何倍も時間がかかる」とため息をついた。夫は複数の収容者とともに狭い部屋に移され、生活環境が厳しくなったと話したという。一連の騒動を受け、施設を取り巻く状況は大きく変わりつつあるようだ。
「ルフィ」という名前が突如として大きく話題になったのは1月下旬。きっかけは、東京都狛江市で90歳の女性が犠牲になった強盗殺人事件だった。全国各地で同様の手口の事件が相次いでいたことがわかり、容疑者の供述や押収した携帯電話の記録などから、「ルフィ」を名乗る人物がフィリピンから指示を出している可能性が高まった。日本メディアを中心に国内外のマスコミが怒濤(どとう)のように押し寄せ、フィリピンは一躍、ホットスポットに。マルコス大統領が就任後初めて日本を公式訪問する時期と重なったことも、関心を高めた。
収容施設から携帯やタブレット端末が続々
1月末、さらに驚きが広がる。警察と入管が合同で行った収容施設の一斉調査で、持ち込みが禁止されているはずの携帯電話13台とタブレット端末2台が押収された。うち6台は1人が所持していたものだ。ルーターやケーブルといったインターネット接続機器もあり、外部と自由に連絡が取れる環境がそろっていた。
施設の関係者は「職員に金を払えば何でも手に入る。エアコン付きの『VIPルーム』で快適な暮らしができ、食事のデリバリーだって注文できる」と取材に証言した。
こうした状況を受け、フィリピンを「犯罪者のパラダイス」などと揶揄(やゆ)するメディアもあった。
事態の責任を取る形で、施設長を含む職員36人全員が交代する結果となった。フィリピン司法省のミコ・クラバノ報道官は「職員の関与について調査を進める。法令違反があれば責任を取らせる」と強い口調で繰り返し、訴追も辞さない姿勢を示した。
職員の入れ替えが始まった2月5日、そのうちの1人が施設を出る際に放った言葉が「何も悪いことはしていない」だった。
施設はどう変わったのか。入管の本部を訪ねた。
「フィリピンが無法地帯のよ…