「あの年」忘れないで 急坂駆ける選手へ、石碑に刻まれたメッセージ
第95回記念選抜高校野球大会で、長崎日大と21日の初戦で対決する龍谷大平安(京都市)の練習場近くには、「根性坂」と呼ばれる坂がある。
長さ200メートル、高低差30メートルの急勾配。野球部員たちは冬場に足腰を鍛えるため、上りは43秒、下りは30秒以内で7往復する。
そんな苦しい坂を上った先に、石碑が立っている。
「あの年の君たちへ 君たちは勇者だ」と刻まれている。
野球部員にとって、石碑は気持ちを奮い立たせてくれる存在だ。
あの年とは2020年。新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、春も夏も甲子園がなかった年だ。
「甲子園はかけがえのない存在。勝ったらインタビューがあり、応援してくれる人たちの歓喜に包まれ、高校生がスターになる。コロナが高校球児の夢を奪った」。春夏通算76回出場する龍谷大平安の原田英彦監督(62)にとっても、大会中止は衝撃だった。
「なんとかしてやりたい」。目標を失った高校球児を励ましたいと思っていた原田監督の元に、かつての教え子たちが集まった。
最初は炭谷銀仁朗選手(楽天)、高橋奎二選手(ヤクルト)ら現役のプロ野球選手4人がTシャツを作った。
胸元には「HEIAN spirit Be Strong Boy 2020 102nd Phantom koshien」の文字。「平安魂 強い少年になれ 2020 第102回 幻の甲子園」という意味だ。
こだわりが詰まったTシャツは、100人近いすべての部員に贈られた。原田監督は今も大切に持っている。
すると、今度は500人以上の野球部のOBたちが立ち上がり、石碑を寄付することに。
練習場に向かう根性坂の上り口付近には、甲子園の出場や優勝を記念した数々の石碑が並んでいる。
寄贈された石碑はその一角から離れて、坂を上りきった場所に設置された。
「あえて、甲子園がなくなった年もあったんだと伝えるため、みんなが見えるところに設置した。それも根性坂を上がってくる方に向けてね」と原田監督。
石碑が完成したのは20年の冬。甲子園がなくなった年の3年生は卒業式の日に、この石碑の前で保護者と写真を撮ったという。
山口翔梧主将(3年)は石碑を毎日のように目にしている。「しんどい練習も甲子園という目標があるから頑張れた。コロナが落ち着いて思う存分試合ができるのは幸せなこと。先輩方の分まで楽しみたい」と意気込んでいる。(富永鈴香)
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