清原和博さん、次男の試合観戦 自らもプレーした甲子園「感極まる」
PL学園(大阪)時代に夏の全国高校野球選手権と春の選抜に5季連続で出場し、プロ野球の埼玉西武ライオンズや読売ジャイアンツ(巨人)などで活躍した清原和博さん(55)が21日、阪神甲子園球場(兵庫県西宮市)を訪れた。
次男の勝児さんは第95回記念選抜大会に出場している慶応(神奈川)の球児。仙台育英(宮城)との2回戦を観戦した。
両校の選手がグラウンドに姿を見せる前から、清原さんはバックネット裏の席に座った。勝児さんは5番・三塁手で先発メンバーに入った。
1年生4番だった清原さんが、1年生エースだった桑田真澄さん(現巨人ファーム総監督)とともに甲子園の土を踏んだのは40年前の1983年の夏。「感極まってきますよね。自分がプレーした甲子園で息子がプレーするというのは」
二回、先頭で勝児さんが打席に入ると身を乗り出した。2球目、左前への安打。右手を上げる次男の姿に清原さんは「よっしゃあ」と叫び、自分も大きく右手を握りしめた。「もう、一生の宝になりますね」
八回、勝児さんが再び強い打球を左中間に打つと、腰を浮かした。だが、左翼手に好捕されてアウト。残念そうな表情を浮かべた。
昨夏、全国制覇を遂げた仙台育英相手に一歩も引かず、1―1のまま、延長タイブレークに。勝児さんは十回2死満塁の好機で三振に倒れた。「最後、振りましたからね。ナイススイングですよ」。
その裏、サヨナラ負けした。「感動しかない。両チームの戦いに感動しました」。試合後もしばらく、選手らがアルプス席の応援団にあいさつする姿を見守った。
清原さんは高校時代、この球場で、春夏通算の歴代最多となる13本の本塁打を放った。同じグラウンドに立った勝児さんは「本当に(父は)偉大だと思いました」と改めて語った。(山田佳毅)
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